お肉、なに入れる?

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 口に含んだ瞬間、鼻を抜け目頭を打ち付けるような刺激臭。炒った豆の歯応えと強い塩気と共に芳醇で独特なソースの風味。なるほど面白い。  刺激と塩味に支配された口内をエールで注ぐ清涼感は上流街で呑む冷えた酒を思わせる。 「どや?」  いつのまにやら戻ってきた給仕の娘が覗き込んでいた。なかなか気が利くようだ。 「悪くない。場末の酒場に留めるには勿体ない味だが、上流階級の偏屈どもに教えてやるのも癪だな」  娘の髪は黒く、瞳もまた黒い。肌は白くも黒くもない、強いて言えば黄色い、とでもいうのだろうか。西方連邦領の傍に在りながら独立を貫く島国、皇国の(たみ)特有の容姿をしている。 「このソースや香辛料は皇国文化にあると聞いたものに似ている気がするのだが、お前がここに持ち込んだのか?」 「せやで。実家にちょいちょいせびってなー、店に買うて(もろ)とんのや」 「なるほどな」  皇国民はひとたび信頼して仕事を与えれば真面目で極めて忠実と評判高い。しかしその生真面目さと同じかそれ以上に、個人としては融通が利かず平然と命を賭すほどの自尊心を見せる気難しい者も多いという、独特の感性を持った民族だ。    彼女が一般論同様にその気性を持っているとは限らないが、いかに能力があろうと客の目も考えればよほど親しい者でも中流街以上の酒場で彼女を使うのは容易ではあるまい。  神官はそんな世知辛い理解を豆と共に頬張りエールで流し込む。  なにもかもが女神の試練であり思し召しである。ならば彼女の境遇もまた然り。  しかし、それゆえに今日、この場末の酒場で彼女と巡り逢い未知のつまみを振る舞われたことにも、この神官は意味を見出すのだ。 「見たところこんな場所で燻っているには勿体ない程度の学はあるようだが」  彼の評価にアズミは細く薄い身をくねらせて照れたように笑う。彼女に限らず皇国民は平均的に小柄だ。 「お、わかるか? わかってまうかー? こう見えてもアタシ大魔導学院の生徒なんやで」 「なるほど、苦学生か」 「まー金には困っとんなー。どっかに一獲千金でも転がっとらんかなーっていっつも思っとるわー。聖女派のセンセーなんかええ仕事ないかー?」  困り眉で雑談のように放った彼女の言葉に神官は片眉を上げて返す。 「なぜ俺が聖女派だと?」 「きったないけどそれ教会四派閥の聖女派の上級法衣やろ。そんなん知っとったらそうそう間違えんで」  知っていればな。心の中で繰り返すように呟く。  派閥から階級の上下まで法衣の作りや柄で見分けられるが、それほど大きな差異があるわけでもなく知っていても見分けられない者も少なくない。つまり彼女の目はそれなりということになる。  神官はニヤリと彼女に笑いかけた。 「いいだろう。あるぞ、ちょうどまとまった金になる話が」 「ほんまか! あ、夜の仕事はあかんで! アタシこう見えても貞淑やさかいな!」 「その貧相なもので稼げなどと無体なことは言わんから安心しろ」 「ひっ! んっ! がっ!」  怒りか羞恥か顔から火を噴き出しそうなほど赤面した彼女を一瞥してジョッキのエールを飲み干して神官が続ける。 「一獲千金ならぬ一掘千金。最後の面子は前衛が良かったが……まあお前でも構うまいさ」
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