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私は旅に出た。人生初の一人旅だ。
行き先はまだ決めていない。自分の気持ちの赴くままに家を出た。荷物なんて何もない。重荷になるだけだ。ハンドバッグ一つで飛び出してきた。
もう、私には何も残ってはいない。仕事は辞めた。家も引き払った。だから、帰る家も戻れる場所もなくなってしまった。でも、だから旅に出るのではない。ずっと自分を変えたいと思っていた。同じ時間に起きて、同じ会社に行って、同じものを食べて、同じ時間に寝る。これが屈辱にも似て、とてもじゃないが耐えられないのだ。
自分を変えるのは、こわい。だけど……
改札に入り、電車に乗り込む。一息ついて窓に目を向ける。そこに広がる風景はいつもと変わらない景色なのに、今日は別の色を見せる。心に重荷を乗せないということは、こういうことなのだろうか。柵から解放されて身体が軽くなり、まるで空を飛べそうな気分だ。そう思うと、空を飛んでみたくなった。そうだ、まずは空港に行ってみよう。まだ先のことなんて考えられない。だけど、心が先に進みたがっている。
時々、飛びたがっている自分がいるってこと、気付いていただろうか?
一度写真で、パリの夜景を見たことがある。エッフェル塔がキラキラした光に包まれるシャンパンフラッシュ。いくつもの光が塔を照らし、輝かしいほどのイルミネーションが、夜の街を覆いつくして暗闇を明るく染めている。その写真を見た瞬間、全身に電撃が走った。初めて、自分の居場所はここだ! と感じた。行ったこともないし、言葉も話せない。なのに、もう興奮を抑えられないでいる。それはまるで以前そこで過ごしていたような感覚に似ていた。
人生初って、大人になってからでもたくさんあるって、知っていただろうか?
日が落ちる頃には、ピンク、赤、青のイルミネーションが私の身体を丸ごと染めていく。見えてきた大きな物体は、滑走路を泳ぎながら翼を整えている。徐々にその翼は、私の背中にもピクリと誘導し、流動するようにその振動を与えている。身震いするほど私の身体は、空を飛びたがっている。
人生初の一人旅――それは、きっと「今」なのかもしれない。
足早に電車を降りて、オレンジジュースを一気に飲み干した。自分の生えてきたであろう翼を重ね合わせて飛ぶために、初めて足を踏み入れる場所に向かって空港へと急いだ。
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