新生活

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京極の家で、朝を迎えた。 『続いてのニュースです。男性の遺体が公園で発見され、一緒に出掛けた男性の娘が消息不明になっていたことが判明しました』 そんな切り口でニュースが始まった。 『〇〇月〇〇日、深夜、犬の散歩をしていた通行人が倒れていた男性、柊啓介さんを発見し、柊さんは病院に運ばれましたが、運ばれた病院先で死亡が確認されました。死因は首を絞められたことによる窒息死で、事件当日、柊さんは、長女の美樹さんと散歩に出掛けると言って家を出た後、何者かに殺害されたとみられています。柊さんの自宅からは盗聴器が発見されており、計画的な犯行であると推測されています。娘の美樹さんも行方がわからず、事件に巻き込まれた可能性が高いとして、現在、捜査が行われています』 京極が煙草に火を点け、吸う。テレビ画面には私の母が映っている。家の中はぐちゃぐちゃになっていた。片付ける思考を持った人間がいないのだろう。 『娘は本当に、主人と仲が良くて・・・』 私は思わず吹き出してしまった。言っている内容もそうだが、母の前歯が一本、半分無くなっていた。虫歯にかかっても碌に歯も磨かず、歯医者に行く金もないから腐り落ちたのだろう。間抜けだ。 『どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘です』 嘘つけ。一生奴隷として虐げるつもりだったくせに。 『一分一秒でもいいから早く帰ってきてほしいです』 画面が切り替わる一瞬だったが、弟か妹の『キャー!』という甲高い声が聞こえた。遊んでいるのだろう。 「胸糞悪いね」 「ほんと最悪。てか盗聴器てまさか京極さんの?」 「そうだよ。さて、俺、そろそろ仕事で出るけど、なんか欲しいものある?」 「んー、無い。無いけど・・・」 「けど?」 「京極さん、何の仕事してるの?」 京極はリビングの隅にある本棚を指差した。 「アレ」 「・・・本?」 私は本を一冊取り出し、回転させて観察する。どの本の背表紙にも『京極蓮』の名前があった。 「えっ!? 小説家!?」 「そう」 「しかもこれ、見たことある・・・。確か、映画化されてたやつじゃ・・・。こっちはドラマになってたやつだ・・・」 「本は好き?」 「好きだけど、もう長いこと読んでない・・・」 「それ、読んでいいよ。俺の仕事部屋に参考資料とかあるから、勝手に入って読んでいいよ。パソコンもあるから好きに使って」 「わかった」 「なるべく早く帰るから」 「あのさ、京極さん」 「なに?」 「・・・なんで私のストーカーなんてやってたわけ?」 「あんたが可愛いから」 「答えになってないよ。一体どうやって私を見つけたの?」 「あんた、昔、テレビに出ただろ?」 「え? ・・・あっ」 金に目がくらんだ両親が、『大家族に密着する』とかいうトチ狂った番組に、八人家族だったときに出た記憶がある。 「あんたは少ししか映らなかったけど、俺はあの時から、あんたの虜だよ」 「そ、そんなこと、あるんだ」 「ね? 奇跡だよ。あんたの家はずっと誰か家の中に居るから、盗聴器を仕掛けるのは苦労したよ」 「どうやって仕掛けたの?」 「フフ、秘密」 京極は人差し指を唇にあてた。 「じゃあ、俺は行くから」 私を抱きしめ、頬を擦り寄せる。白皙の美男でなかったら嫌悪感で吐きそうになっていただろう。声も渋くて格好良い。芸術的な才能も有り、成功している。なんでこんな人が私みたいな醜女のストーカーなんてしているのだろう。そして私は、何故、ストーカーの京極を受け入れているのだろう。人を殺したという過度の緊張状態から逃げたくて、自分自身に錯覚を起こしているのだろうか。 「わかってると思うけど、外に出ないでね。誰か尋ねてきても無視するんだよ」 「はい」 「行ってきます」 京極は幸せそうに笑った。彼に、私はなんらかの形で惹かれているのを感じる。 「行ってらっしゃい」 私は手を振った。京極が家を出た後、ソファに寝転んで何をするか考える。京極の家は家具が殆ど無くさっぱりしているので、掃除は一時間程度で終わってしまいそうだし、勝手に掃除するのはどうかと思う。料理をしようにも食材が何もない。どうやら、自炊は一切していないらしい。テレビはあまり好きではない。実家では二十四時間テレビがつけっぱなしになっていて、幼児向け番組やバラエティ番組、ドラマ、通販番組など情報性のないものばかり家族が見ていた。ニュースは一切見られないので、天気予報もわからず、雨には苦労したものである。自分の考えが少し馬鹿馬鹿しく感じてきたので、リビングの隅にある本棚から、何か読もうかと手を伸ばす。 「映像化されていたのは、サスペンスとかミステリだったっけ。コマーシャルでちらっと見た程度だけど・・・」 ふと、私は京極がストーカーであることを思い出し、彼の仕事部屋に向かった。壁一面に本棚が置かれ、みっしりと本が詰まっている。京極は『参考資料』と言っていたが、これが全て参考資料なのだとしたら、彼は並大抵ならぬ努力家なのではないかと思った。最も、私に小説家の知り合いなんて居ないので、他の小説家と比較はできないが。部屋の中央にはローテーブルと座椅子。テーブルの上にはノートパソコンが一台と、読みかけであろう本が何冊か積みあがっている。私はパソコンを触ったことが、ほぼない。学校の授業で触ったっきりだ。パソコンの電源はついていた。好奇心から画面をちらりと見て、私は固まってしまう。 『美樹』 そんな名前のフォルダがあったのだ。私は少し迷ってから、そのフォルダをクリックする。フォルダの左下に『55865個の項目』と表示され、気が遠くなる。マウスホイールを動かしてスクロールバーを動かすと、隠し撮りと思われる私の写真、盗聴したのであろう音声データ、開くのが怖いメモ書きなどがあった。 「こ、こえー!!」 私は慌ててフォルダを閉じた。何も見なかったことにして、部屋を出る。リビングのソファにぼふんと身体を投げ、じたばたした。 「怖い怖い怖い! えっ? 怖い怖い怖い!」 怖い。改めて怖い。こんな怖いこと、この世に存在したのか。しかし、京極の微笑みを思い浮かべると、不思議と怖い気持ちが薄れていく。 「駄目だ、私、壊れてる」 まあいいや、と短く溜息を吐き、本棚から京極の本を取り、読み始める。夢中になって読んでいると、あっという間に夕方になり、本を読み終えた。久しぶりの読書は、文字を食う感覚がして堪らない充実感を私に与えた。 「ただいま」 京極が帰ってきた。 「ごめん。ちょっと長引いちゃって、昼飯までには帰ってくるつもりだったんだけど・・・。腹減ったよね?」 「ううん、大丈夫」 「本当? ・・・ごめんね」 食べ物が入っているであろうスーパーのビニール袋をテーブルの上に置くと、京極は私を抱きしめた。 「ねえ、京極さん。あまり良い提案じゃないかもしれないけど、ごはん、私が作ろうか?」 「え? いいの?」 「あんまり料理に自信はないけど・・・」 なにせ今まで食べさせていた相手は『白米は味がしない』とかいう馬鹿共だったのだ。 「フフ。嬉しいよ。明日、材料を買い揃えてくるから」 京極は破顔一笑した。私も、少しだけ笑った。
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