五分の面会

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五分の面会

面会室。透明な壁を隔てた先に柊美代子が座っている。酷く怯えている様子だった。 「ママ、久しぶり」 美樹はにっこりと笑った。『高峰事件』の加害者である美代子と、被害者である美樹。家族ではあるが、美代子が面会を拒否すれば会うことはできなかったと美代子の弁護士が言う。つまり、美代子は美樹に会いたがっていたのだ。 『嘘・・・美樹なの・・・?』 美樹はクスッと笑った。 「私、ちょっと太ったでしょ。あの頃は36kgしかなかったけど、今は42kgあるの。お医者様はもう少し増やした方がいいって言うんだけどね」 白い犬歯が鈍く光る。 「そうそう。私、結婚したの。この人が私の夫で、京極蓮さん」 「初めまして、お義母さん。美樹さんの夫の京極蓮です」 美代子は俺を見てにんまりと笑った。 『美樹、幸せになれたのね。ママは嬉しいわ』 「ありがとう、ママ。あ、そうそう。ほら、このネックレスの指輪、私の結婚指輪なの。家事をするときに汚さないようにネックレスにしたんだ。可愛いでしょ?」 「俺のはこれです」 俺は左手を美代子に見せた。美代子は急に、陸に打ち上げられた魚のように酸素を求めて口をパクパク動かした。 「それから、これ、ウェディングフォトだよ」 美樹はガラス越しに写真を見せる。薄いピンクの背景と飾られた薔薇の花。タキシードを着た俺とウェディングドレスを着た美樹が並んで立ち、カメラに向かって微笑んでいる。 『そ、そんな・・・。ずるい。ずるいずるいずるい! ママはお金が無くて、指輪もないし、結婚式もできなかったのに!』 美代子は悔しそうに声を震わせた。 「へえ、そうなんだ。知らなかったよ、ごめんね。でも、ママ。ママも恋人におねだりすれば、きっと願いをか叶えてもらえるよ。ママは美人だし、恋人がいっぱい居るでしょ? パパの子じゃない子供も産んでたし。って、あ! みんな死んじゃったんだった。ごめんなさい・・・」 美樹はわざとらしく悲しむフリをする。口元を手で覆い、俯き目を伏せる。正面に居る美代子には見えないだろうが、真横に居る俺には見えた。美樹の唇が笑みを描いていたのを。俺達の後ろに居る立ち合いの職員が、俺達のやりとりを監視している。この面会は録画もされているのだ。 「お義母さん、今回、俺達夫婦が面会を許されたのは、お義母さんの今後について、面会で話し合う必要があると判断されたからなんです」 『今後・・・?』 「現在、お義母さんは『無期懲役』を言い渡されていますよね? つまり、何年かお勤めすれば刑務所から出てこられる。刑務所内で就職活動することもできるようですが、お義母さんは働く予定ですか?」 美代子は何を察したのか、にやりと笑って首を横に振った。 『いいえ、実は私、働けないの。医者に言われてるのよ。重い物を持ったり、激しい運動をしちゃいけないって』 妊娠、出産、流産を繰り返した美代子の身体はボロボロで、刑務作業を行うのも一苦労らしい。美代子の弁護士から、被害者の美樹や、正樹を挑発した前科がある俺が美代子を挑発して口論になったら美代子の刑期が伸びるかもしれないことと、興奮して身体に負荷がかかると倒れてしまうかもしれないことから、決して刺激しないこと、と念を押されている。 「ええ、事情は聴いています。それで、なんですが、お義母さんの出所後、俺達夫婦と一緒に暮らしませんか?」 「ママ、蓮さんとっても優しくて良い人だよ。だから安心して。一緒に暮らそうよ」 『・・・いいの? ママは美樹を殺そうとしたのよ? 美樹は、そんな酷いママを許してくれるの?』 「だって、お金が無くて仕方がなかったんでしょう? 私は、ママを許すよ」 『美樹・・・。ありがとう・・・! やっぱり、私達は家族ね!』 「そうだよ! 私達は家族だよ! だから、二十四時間三百六十五日、ママからひとときも離れず、ずーっとママの面倒を見てあげるね!」 甘い声を出していた美代子が、ぴたり、と固まった。美樹は笑っている。 「ママをお迎えするときは、立派な一軒家を建てようって蓮さんと相談して決めたの! 広い庭とガレージのある家にしようってね! ママは、孫の顔が見たい? 男の子と女の子、どっちがいい? ママが欲しいだけ、私が産んであげるよ!」 美樹が続ける。 「ママが赤ちゃんが欲しいなら、ママが産んでもいいよ!」 立ち合いの職員が美樹をじっと見る。 「私、介護の資格を取ろうと思うの。ママが寝たきりになっても、私が面倒を見てあげられるように。ママが私にしてくれたみたいに、優しく、丁寧に、面倒を見てあげるね!」 震える美代子が立ち上がり、職員に座るよう鋭い声で注意される。が、美代子は気にせず、俺達を隔てるガラスをバンバンと叩いた。 『人殺し!! 人殺し!! お前がパパを殺したんだろうが!! 弟や妹もお前が殺したんだろうが!! 私も殺すつもりか!! お前だけ幸せになりがやって!! 私の家庭を滅茶苦茶にしたくせに!! 絶対に許さない!! 殺してやる!! 殺してやるうううう!!』 美代子側の部屋にバタバタと人が入ってきて、美代子が連れ出される。 「あら? 私、何か変なことを言いましたか? 折角、仲直りできたのに、ママを怒らせてしまって悲しいです・・・」 立ち合いの職員が呆れたように溜息を吐いた。 「ご退室願います」 「はい。行こう、美樹さん」 「はーい」 面会は五分で終わった。刑務所を出て車に乗り込み、二人で顔を見合わせる。 「・・・ふ」 「・・・っふふふ」 二人で爆笑した。 「あーあ、もっと虐めたかったな」 「もう面会は無理だろうね」 「いや、あの女、馬鹿だからわかんないよ。私達が一軒家を建てるって話を鵜呑みにして、『一緒に暮らしたい』とか言い出しそう。蓮さんのこともいやらしい目で見てたし」 「ゲッ、マジ?」 「マジマジ。指輪を見るまではそういう目で見てた」 「・・・娘の夫なのに?」 「そんな倫理、あの女にあると思う?」 「・・・ないな。あー、気持ち悪い」 俺は車を走らせた。 「美樹さん、俺の原稿、そろそろ美樹さんが復讐する場面にはいるんだけど、どんなふうに復讐するか、美樹さんの理想を書いてみない?」 「え? いいの?」 「うん。美樹さんの理想の惨殺方法を書いてみたいなと思ってさ。リアリティを求めるために二人でアレコレ調べたりしながら・・・、細かい部分は『フィクション』ってことで・・・」 「あら、京極先生、『美は細部に宿る』と言いますが、よろしいのですか?」 「言い方が悪かったね。細かい部分は想像力を働かせて補うよ。人気作家『京極蓮』の実力、見せてあげる」 「フフッ、それはそれは。楽しそうだね」 「じゃ、家に帰ったら『ちょっと運動』してから早速・・・」 「・・・なんで『ちょっと運動』するのさ」 「あんたが母親を虐める目を見てたら、キちゃった」 「・・・ほんと、変態なんだから」 そう言いつつも、美樹は唇をぺろりと舐めた。
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