十三年後

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十三年後

電話が鳴った。 「はい。京極です」 『〇〇刑務所の蛯谷というものです。京極美樹さんはいらっしゃいますか?」 「私が美樹です。ご用件は?」 『実は・・・、』 蛯谷という男の告げた言葉に、私は思わず爆笑してしまった。その後、必要なやりとりをいくつか続け、蛯谷の用件は終わった。 「それでは、失礼します」 『はい。失礼します』 電話は向こうから切られた。 「美樹さん、すごい声が聞こえたけど、なんだったの?」 仕事部屋に居た蓮が様子を見に来る。 「私の母親、心臓麻痺で死んだってさ」 「あらら」 蓮は私を抱きしめ、肩に顎を乗せる。 「全部、終わっちゃったね」 「十三年かあ・・・。蓮さんは四十五歳、私は三十六歳になっちゃったね・・・」 殺人犯とストーカー、行方不明者と誘拐犯、そして、妻と夫。 「『阿藤家殺人事件』の映画、今から見ない?」 「いいよ」 リビングのソファに座り、数年前に買い替えた大型のテレビで映画を見始める。 「蓮さん」 「うん?」 「・・・ここ、一番好きなシーンなの」 物語は終盤。家族に復讐するために拷問と惨殺を繰り返す主人公を、刑事達が追い詰める。いくつもの事件を解決に導いたベテラン刑事と、その相棒の頭の回転が速い刑事。二人の刑事が、主人公が山奥の廃村に出入りしているのを見たという青年と話をしている。その青年は俳優ではなく、『阿藤家殺人事件』の作者、京極蓮だ。監督に頼まれて出演したらしい。 『・・・では君は、この写真の女が山に入って行くのを見たと?』 『はい。こっちの道から登ってくる人は、みんな山奥の廃村を見に来ますよ』 『廃村を見に来る? この女以外にも山に入って行くヤツが居るのか?』 『たくさん居ますよ。ネットでは心霊スポットだと噂になってるみたいです』 『・・・おい。今から行くぞ』 『ありがとう。それじゃ』 去り行く刑事達を、青年は視線で見送る。 「蓮さん、ちっとも老けてないね」 「そうか? 顔に小皺が増えた気がするけど」 刑事達は山奥の廃村に辿り着き、家を一軒一軒見て回る。どの家も、酸化して黒や茶に変色した血の跡があった。 『酷いな・・・』 『しっ、誰か居る・・・!』 黒いズボンとパーカーを着て、フードを被った主人公が逃げる。 『待たんかコラァ!!』 刑事二人が追いかけるが、その途中にある廃屋から助けを求める声がする。 『オイ!! 拉致られた被害者かもしれん!!』 『俺は追う!! お前は助けに向かえ!!』 『罠かもしれんぞ!!』 『人命が第一だ!! 行け!!』 相棒の刑事が廃屋に入る。中には児童養護施設から連れ去られ行方不明になっていた、主人公の妹の五歳の女の子が居た。有刺鉄線で椅子に縛り付けられている。猿轡も有刺鉄線だ。 『クソッ!!』 場面は変わり、主人公は一件の廃屋に逃げ込み、刑事が追い詰める。 『両手を上げて跪け!』 後ろ向きの主人公は言われた通りにする。 『手を頭の後ろで組んで腹ばいになれ!』 しかし、今度は従わない。刑事は銃を取り出す。 『次、命令に従わなければ発砲する! 手を頭の後ろで組んで腹ばいになれ!』 『フフッ、日本じゃ発砲なんてできないよ、刑事さん。人を撃ったことあるの?』 刑事は無言で撃鉄を起こす。主人公の身体が揺れる。笑っているのだ。 『例えば、だ。虐められていた子が虐めに耐えかねて、虐めっ子の家に火をつける。家は全焼し、虐めっ子とその家族は焼け死んでしまう。虐められていた子が罪に問われるのは、君達の信じる正義なのか?』 『戯言はよせ。変な真似をしてみろ、頭を撃ち抜いてやる』 『大量殺人事件の容疑者を殺すのか? できないね。刑事さん、あんた、人を殺したことないだろ』 『黙れ! 拘束する!』 刑事が主人公に近付くと、主人公は振り向きざまに袖に仕込んでいたナイフで刑事の首を掻っ切る。刑事は血を波のように飛び散らせながら崩れ落ちていく。主人公は刑事の銃を手に取り、弾丸を確認する。実弾は一発も入っていなかった。 『・・・フン』 そうして主人公は、相棒の刑事が有刺鉄線に悪戦苦闘している背後から近づき、ナイフを項に突き立てる。刑事が倒れて動かなくなると、フードを脱いで、有刺鉄線で椅子に縛り付けた妹に向かって微笑む。 『お前で最後だよ。さあ、苦しんで死のうね』 ニッパーで有刺鉄線を切り、妹を椅子から解放する。そして、主人公が歌い始め、美しい音楽が流れる。 オ・トワ・ラヴィ 真心こめて 愛し合える恋人もなくて ただ過ぎていく日を 悲しみこめて見送るだけ コン、コン、とつま先を硬いコンクリートに叩きつける。安全靴の先に鉄板が入っているのだ。その足で、妹を蹴り転がす。 オ・トワ・ラヴィ もし明日も 暗い朝が訪れたときは ただ寂しいその日を 苦しくても耐えていこう 刑事の喉を切った刃物で、妹の腕や足を刺す。殺しはしない。ただ動きを封じるだけだ。主人公の歌声と音楽だけが響き渡る。 いつの日か小さくても 薫り高く素晴らしい夢を いつの日か見つけたときは この両手にしっかり抱いて 動けない妹を掴み上げ、股間が突き出るように、無理な体勢をさせ、有刺鉄線で椅子に固定する。 ラヴィ 雨の朝も 嵐の夜も 命の限り もし苦しいときは 青く晴れた空を想い 耐えていこう それが人生 太く長いマイナスドライバーを取り出し、音楽を指揮するように振り回す。 ラヴィ そして、妹の股間に突き刺す。 ラヴィ 妹が身体を仰け反らせ、泡を吹いて動かなくなる。 ラヴィ 音楽は鳴りやんだ。 主人公は椅子を蹴っ飛ばす。縛り付けられた妹はピクリとも動かなかった。死んだのだ。 バン! 強烈な破裂音がして、主人公の頭から脳みそが飛び散る。項を刺された刑事がヨロヨロと起き上がる。 『急所は外れてる・・・ってやつか・・・? チッ、山奥だから電波が・・・』 そう言って、ふらふらと廃屋から出ていく。画面が暗転し、ふわっと明るくなると、項を刺された刑事が病院のベッドで横になっていた。 『俺の相棒は?』 そう聞かれた男は、首を横に振る。 『・・・そうか』 画面が再び暗転し、白い文字で『阿藤家殺人事件』の概要が書かれ、じんわりと消えていき、スタッフロールが始まった。 「・・・よくもまあ、こんな拷問や惨殺を思いつくものだよ」 「規制がかかって映画館で上映されなかったんだっけ」 「そう。確か二日しか上映されなかった。美樹さんは、まだ柊家の人間に対して怒りや憎しみを感じる?」 「うーん、もう十年も前のことだからなあ。もう関わらないでほしいって感じ」 「・・・柊家の人間は全員死んだよ。だからさ」 蓮が口元を手で覆い、視線を逸らした。 「・・・そろそろ、子供、欲しくない?」 「えっ」 「いや、美樹さんが欲しくないならいいんだよ。はっきり言っちゃうと、俺達はちょっと年がいっちゃってるし」 「じゃあ、女の子が産まれたら私が、男の子が産まれたら蓮さんが名前をつけよう」 「・・・そいつはいいや」 『阿藤家殺人事件』 夫の啓太郎と妻の美砂子の間に生まれた長女の早紀が引き起こした、連続誘拐、殺人、死体遺棄事件。 阿藤夫婦は八人の子供を儲けており、早紀はその長女。早紀含む子供達は虐待と育児放棄を受けており、早紀は家族の中で一番虐げられていた。自宅近くの公園に啓太郎に呼び出された早紀は犯されかけ、咄嗟に啓太郎を殺害し逃走する。そして運命の男、海原と出会い、虐待で傷付いた身体を癒すうち、阿藤家に対する復讐心が産まれる。海原との幸せな生活を捨て、早紀は復讐の鬼と化し、家族を拉致、監禁、拷問、殺害する。 早紀は事件を追っていた二人組の刑事を罠にかけ、一人を殺害する。その後、早紀は相棒の刑事に撃たれて死亡。阿藤家の人間は全て息絶えた。 スタッフロールの最後、たった数秒だけだが、海原が浜辺で佇む姿が映り、映画は終わった。
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