やっぱりストーカー

1/1
前へ
/30ページ
次へ

やっぱりストーカー

「ただいま」 玄関のドアを閉めた音が聞こえてから、美樹が出迎える。表情、姿、仕草、全てが天使のように可愛い。 「おかえりなさい。あれ、パソコン買ったの?」 「うん、一つは俺の趣味で、もう一つは美樹さんの」 「え!? 私、最後にパソコン使ったの高校の授業でだよ・・・」 「基本的な操作はわかる?」 「まあ、なんとか」 「動画見たり調べものしたりゲームしたり、いろいろできるから、好きに使っていいよ。ただし、情報を発信するような行為はやめてね」 「う、うん・・・」 美樹のパソコンの設定を済ませ、使い方を教えてやる。美樹は頭が良いので理解が早かった。 「どう? 使い方を覚えれば便利なもんでしょ」 「うーん。確かに。でも、どうして急にパソコンを?」 「俺、仕事の追い込みで数日間、部屋にこもるから、暇を潰せるものがあった方がいいと思ってね」 「そうなんだ。ありがとう。お仕事頑張ってね」 「飯は作ったら部屋に呼びに来て。夜は俺のこと気にせず寝ていいからね」 「わかった」 「じゃあ、俺は仕事してくるから」 美樹の部屋を出て、仕事部屋でパソコンの設定を済ませる。ディスプレイに表示されているのは、美樹の姿だ。 「・・・フフ」 美樹が風呂に入っている間や寝ている隙に家中にカメラを取り付けた。音声も拾える。美樹のパソコンはリモートで繋いであるので、美樹が何をしていたのかもわかる。 「あー、可愛い・・・」 ずっと見ていたいが、仕事を片付けなければならない。監視用のパソコンにイヤホンを挿しこんで耳につける。仕事用のパソコンの電源をつけ、原稿を書き始める。美樹はうつ伏せになり、腕を組んでそこに頭を乗せ、パソコンを触り始めた。数十分経ったあたりで動画を見始める。人の声や物音は綺麗に拾えるが、機械音は拾いきれないのでノイズのような音が流れる。 二時間ほど経って、美樹がトイレに向かった。トイレの中にもカメラは仕掛けてある。美樹が元居た家のトイレには盗聴器は仕掛けられなかったので、俺は思わず興奮してしまう。下着をするすると足首におろす仕草、排尿の音、トイレットペーパーを回転させる手首、股間を拭く姿。トイレの水を流し、手を洗う。美樹にとってはなんでもない、当たり前の、生理現象だ。特別な表情はしてない。それがかえって『盗撮している』という実感を俺に沸かせる。 「やば・・・」 俺は思わず勃起していた。今すぐ美樹の部屋に行って、押し倒して、キスしまくってセックスしたい。 「・・・仕事にならねえ」 奇跡的に、美樹はストーカーで誘拐犯の俺に好意を持ってくれている。それが『ストックホルム症候群』と呼ばれる、被害者が犯人と長い時間を共にすることで好意的な感情を抱く現象を起こしているのか、あの地獄のような環境から穏やかな環境に変化したからなのか、俺と恋人気分を味わっているのか、わからない。美樹にずっと無垢なまま笑っていてほしい気持ちと、犯しまくって泣かせてしまいたい気持ちがせめぎあう。どちらにしろ、頭の中は俺のことでいっぱいにしていてほしい。 「美樹さん・・・可愛いよ・・・」 名前を呼びながら、自慰に耽る。トイレに行く前と同じ姿勢で寝転ぶ美樹を見ながら。トイレでの美樹の姿を脳内で繰り返しながら。一発では治まらず、三発も抜いてしまった。途端に自己嫌悪に押し潰されそうになる。美樹は父親に犯されかけて性的な行為にトラウマを抱えているのだ。そっと抱きしめたり、爪先におやすみなさいのキスができるだけで有り余るほどの幸せを感じているのに、もっともっと触れ合いたい。次の段階に進みたい。深い関係になりたいと思ってしまう。 「最悪だ、俺・・・」 とは言いつつも、監視カメラは録画録音したまま、イヤホンを耳からとり、画面が視界に映らないようにパソコンの向きを変え、罪悪感を忘れたくて仕事に没頭した。 数時間経過して、部屋のドアがコンコンとノックされる。 「京極さん、晩ごはんできたよ」 「ん、今行く」 美樹と暮らし始めてから、俺は一週間に一回、食材を買い込んで冷蔵庫に詰めている。俺が食べたいものをリクエストして数日分を決め、残りの数日は美樹が献立を考える。 「今日は焼き鮭か」 リビングのテーブルには二人分の焼き鮭と白米、豆腐の味噌汁が並んでいる。 「魚は好き?」 「うん、好きだよ」 正直なところ、食にあまり興味はない。けれど、美樹が作るとなると別だ。 「いただきます」 二人で声を揃えて言い、食事を始める。何故か、美樹が少し緊張している。 「どうしたの?」 「え?」 「表情が硬いけど・・・」 「・・・気のせいじゃない?」 あまり触れてほしくなさそうなので、それ以上踏み込むのはやめておく。食事を終え、食器をキッチンのシンクに運ぶ。 「手伝うことある?」 「ううん。ない。お仕事してきて」 「わかった。鮭も味噌汁もうまかったよ」 「ごはんは? 水加減、どうだった?」 「うん。丁度いい」 「そう。よかった」 「・・・じゃあ」 俺は仕事部屋に戻り、監視用のパソコンを操作する。美樹がパソコンで何をしていたのか調べようと思ったのだ。デスクトップに新しいアイコンは追加されていない。ゲームなどはダウンロードしていないようだ。インターネットを開き、まず検索履歴を調べる。 『味噌汁 豆腐 煮崩れ』 『味噌汁 濃さ』 『白米 水加減』 『白米 二合 水加減』 『鮭 おいしい焼き方』 『鮭 きれいな食べ方』 『魚 食べ方』 『食事 マナー』 『食事 作法』 「・・・なるほど」 俺は頭を抱えた。 「なんて可愛いんだ・・・」 俺の調べでは、美樹は小学一年生のときの給食で、親友だと思っていた子に『食べ方が汚い』と言われて傷付き、担任に相談して家庭科の先生に食事の作法を教えてもらった過去がある。俺は別に美樹の食べ方に気になるところはなかったが、美樹はきれいに食べている自信がなかったのだろう。履歴を見るに、料理の仕方はレシピサイトを数件見て、食事の作法は動画を見ていたらしい。 もしかしたら、行方不明者として捜索されている自分のことや、殺害事件として捜査されている父親のことを調べたり、表面上は俺に好意的でも、本当は逃げる機会を伺っていて、誰かに助けを求めているのかもしれないと思ったのだが、杞憂だったようだ。そんなことを考えていた自分が恥ずかしく、情けなくなる。 食器を洗い終えた美樹が自室に戻ろうとしたので、俺は慌ててパソコンを操作する前に戻し、リモートモードを切った。 「・・・あ」 そういえば、美樹の部屋には家具が何もない。テーブルも椅子も。だから美樹は寝転んでパソコンを弄っていたのだろう。 「チッ」 舌打ちし、美樹の部屋に向かう。コンコン、とノックをする。 「はあい」 美樹がドアを開ける。 「入っていい?」 「いいよー。っていうか京極さんの家なんだから、勝手に入ってくればいいのに」 「美樹さんの部屋でしょ。まあ、入れてよ」 固いフローリングの上に二人で座る。 「ごめん、気が回らなくて。この部屋、家具が何もないよね」 「え? 棚、買ってくれるんでしょ?」 「うん、棚、棚ね・・・。そうじゃなくて、テーブルとか、椅子とか」 美樹はきょとんとした。 「あー、そう言われれば、ないね」 「気にならなかったの? 不便じゃなかった?」 「ううん、別に。むしろ、足を伸ばしてごろごろできるから快適だったよ」 にっこり笑う美樹。育ってきた環境が過酷だったこと、幸せの敷居がかなり低いことが今の一言でわかる。 「買ってくるから、いろいろ。何が欲しい?」 「えーっと、なんだろ・・・」 美樹は欲求らしい欲求をほぼ失っている。聞き方が悪かったと内心舌打ちし、再度問い直す。 「絨毯は何色がいい? 赤? 青?」 「うーん、青かな」 「テーブルと椅子は、ローテーブルと座椅子にしようか」 監視カメラの角度的に。 「うん。おまかせするよ」 「明日にでも買ってくるから、一日だけ我慢してね」 「うん」 俺は仕事部屋に戻り、監視用のパソコンを見る。 『えへへ・・・。部屋かあ・・・。私の部屋だー!』 美樹がごろごろ転がって喜びをあらわにしていた。 「可愛い・・・マジ可愛い・・・可愛すぎる・・・」 理性を保つため、俺は自分の頬をかなり強めに叩いた。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加