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「おお、部屋だ・・・!」 京極が往復して運び、組み立てたローテーブル、座り心地の良さそうな座椅子、昼寝したら気持ちよさそうなふわふわの絨毯。私は人生で初めて自分の部屋を手に入れた。 「気に入った?」 「うん! ありがとう!」 「フフ、慣れない肉体労働をした甲斐があったよ。リビングでお茶でも飲もうか」 「淹れてくるね」 茶漉しに茶葉を入れ、ポットのお湯を注ぐ。二人分の温かい緑茶を持ってリビングに入ると、京極がソファに座って煙草を吸っていた。 「ありがとう。そこに置いといて」 「はい」 京極がリモコンのボタンを押し、ニュースをつける。暗いニュースばかりだ。ニュースキャスターが可哀想である。 『公園で発見された男性の遺体に、揉み合った形跡が発見され、警察が殺人事件として調査をしています』 ぱっと映し出されたのは、私が父に襲われかけた公園だった。 「あ、私のニュースだ」 京極がリモコンを持ち上げたので、 「チャンネル変えないで」 と言った。京極が腕を下す。 『〇〇月〇〇日に遺体で発見された柊啓介さん四十三歳は、事件当日、家族に、現在行方不明となっている娘の美樹さん二十二歳と出掛けてくると言い、その後、公園で倒れているところを発見され、搬入された病院で死亡が確認されました。死因は首を絞められたことによる窒息死で、警察が新たに、右の眼球が外部から強い力で押し潰されて破裂していたことを発表しました。柊啓介さんは勤務先や近隣住民との金銭をめぐるトラブルや、多数の女性との不倫、また、近隣住民の証言から、柊啓介さんと思われる男性の怒鳴り声や子供の泣き声が柊啓介さんの自宅から、かなりの頻度で聞こえていたことなどが判明し、日常的に家族を虐待していた事実が発覚しており、怨恨による殺人が疑われています』 モザイクがかかったおばあさんの姿が映し出される。 「あ、二軒、隣の佐藤さんだ」 「へえ」 佐藤さんはカメラに向かって発言する。亡くなった柊啓介さんについて、とテロップが表示されている。 『近所で知らない人はいないんじゃないかしらね。だって、みんなお金貸してるから。貸さないとなにするかわからないんだもの。怖いよ、あの人。二年くらい前、かな。若い夫婦が引っ越してきて、その夫婦にも金貸せって迫ったんだけど、貸してもらえなかったらしいのよ。そしたら、家族総出で嫌がらせしたらしくて、その夫婦、警察に相談したんだけどどうにもならなくて、結局引っ越していっちゃったのよ。もう、怖い人ですね。夜はもうね、怒鳴り始めたら一晩中って感じ。三日に一回くらいかな。ドンッとか、ガシャンッとか、なんか壊れるような音が頻繁にね。ちっちゃい子も居るから、その子の泣き声かな。『やめてー、やめてー』って聞こえてたよ』 行方不明になってる美樹さんについて、とテロップが表示される。 『あの子ね、あの子、可哀想よ。お母さんずっと妊娠してるから一人で家のことやってて、仕事しながら。大学もいかせてもらえなかったみたい。顔中痣だらけのときもあったよ。この辺りじゃ有名、有名。みんなでなんとかしてあげたいねって言ってたんだけど、お父さんに何かされたら怖いから、誰も声、かけられなくてね』 お母さんがずっと妊娠してる? とテロップが表示される。 『そう、妊娠してないところ見たことないわ。噂ではお父さんの子じゃない子も産んでるとか。そんなね、弟と妹の面倒を、美樹さんが一人で見てたから。昔、なんかテレビにも出たらしくて。大家族に密着するやつ? 美樹さんの笑ってるところ、みたことないかも』 別の人をインタビューする画面が映る。 「町内会の会長さんじゃん」 モザイクをかけられているが、私にはわかる。厳格なおじいさんだ。亡くなった柊啓介さんについて、とテロップが表示されている。 『あーもう駄目駄目。みんな迷惑してましたよ。常に金貸せ金貸せって感じで、断ったら敷地にゴミ捨てたりとか、花壇に塩水まいたりとか、女子供につきまとったりとか。数えたらきりがないよ』 行方不明になっている美樹さんについて、とテロップが表示される。 『常にやつれてるって感じだったね。背は高いけどひょろひょろ。親に虐待されてるってみんな知ってますよ。なのにね、健気にね、働きながら下の子達の面倒見てて、たまに会ったときも礼儀正しくて、目が合うと必ず、こんにちは、って挨拶して会釈するの。心配してます。無事を祈ってますよ。大丈夫かな、あの子』 昼の公園が映される。寂れた遊具と伸びっぱなしの草、汚い公衆便所。私は僅かに顔を顰めた。それを察知してか、京極が私の肩を抱き、頬を擦り寄せる。 「大丈夫だから」 「うん・・・」 どうやら、このニュースは今日の特集枠らしかった。ニュースキャスターがパーソナリティに問いかける。 『はい。現在、行方不明になっている長女の美樹さんの安否が心配されます。今井先生、どうでしょうか?』 元検事とテロップで表示された今井が答える。 『そうですね、事件発覚からまだ日にちが経っていないんですけど、この短期間でね、亡くなった柊さんの問題行動が発覚していますよね。近隣住民への迷惑行為、不倫、家族に対する暴力や罵倒。悪質なものばかりです。やはり怨恨の線が濃厚なのではないでしょうか』 『住井さんはどう思われますか?』 女性の人権問題に強い弁護士、エッセイ発売中とテロップで表示された住井が悲痛な面持ちになる。 『あのー、私ね、この方の家族が出演している番組を見たんですよ。一見すると、仲睦まじい大家族の様子に見えるんですけれど、こういう事情を知ってから見ると、明らかにね? 長女の美樹さんの負担が大きいんですよ。インタビューされていた方が言ってましたけど、お母さんが常に妊娠しているので、当時十八歳だった美樹さんが反抗期の弟や妹、手のかかる小さな弟や妹の面倒を一人で見てるんです。美樹さんはとても成績優秀で、大学に行きたいと両親に相談するんですけれど、家計を支えるために断念するんですね。それがまるで美談のように撮影されているんです。美樹さんはプライベートなスペースもなく、トイレの前の廊下で寝起きしているんですよ。家族は『家が狭いから好きなところで寝るんだ』って言って、スタッフがそれを面白可笑しく取り扱ってるんですけれど、もう、明らかに人権を無視していますよね。私、可哀想で涙がぼろぼろ出ちゃって。もう、美樹さんの無事を祈るばかりです』 『はい。鳥山さんはいかがですか?』 三児のパパ、落語家のテロップが表示された鳥山が首を深く傾げる。 『うーん・・・。なんか変な話ですよね。そもそもこのお父さんは、何故、長女の美樹さんだけを連れて夜の公園に散歩になんて行ったんでしょうか? 家族ぐるみで嫌がらせするような人ですよね、この人。なんかやましいことでもしてたんでしょうか?』 『そうですよね、変ですよね』 住山が相槌を打つ。 『僕もね、コメントするためにこの方の出演されていた番組を拝見させてもらったんですよ。そしたらね、なんか、変なんですよ。何が変かな、と思ってじーっと観ながら考えたんですけど、バラエティ番組なのに、美樹さんが一度も笑わないんですよ。それどころかね、常に虚ろな表情していて、顔が全く変わらないんですよ。反抗期の弟さんに罵倒されても、小さい妹さんが癇癪起こして食べてたオムライスひっくり返しても、黙って掃除しててね。んで、あれ? またおかしいぞ? と思ってテーブルを見たら、八人家族なのに、オムライスが七つしかないんです。美樹さん、自分の分を作ってないんですよ。僕、それに気づいたときゾクッとしましたね』 今井が身を乗り出す。 『近隣住民の証言もありますし、美樹さんは虐待されていたとみて間違いないでしょうね。テレビを通して美樹さんに伝わることを願って言いますが、もし、なんらかの事情があって隠れているなら、誰もあなたを怒ったりしないから出てきてください。経済的な支援や、カウンセリングなどの精神的な治療がありますから、無事な姿を見せてほしいです』 『・・・はい、ありがとうございました。では続いてのコーナー、スポーツニュースです』 私の話は終わったらしい。 「・・・なんでみんな私が殺したことについて言及しないんだろう?」 「証拠がないんじゃない?」 「フフフッ、それにしても面白かった。今、私が居た家は大変だろうなあ」 ちゅ、と私に頬を擦り寄せていた京極さんの頬にキスをする。 「ちょっと、美樹さん。煽っちゃ駄目って言ってるでしょ。大変なんだから、俺・・・」 「京極さん、私を見つけたテレビ番組の映像、持ってるの?」 「持ってるけど」 「今から見ない? 裏事情が山ほど聞けるよ」 私が笑うと、京極は苦笑した。 「・・・吹っ切れたみたいでよかった。観ようか」 そういうことになった。
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