スリの銀三

銀三

「キャー！ 泥棒！」

畜生！ また失敗した……。

俺は金持ちそうな中年女性のバックから、すれ違い様に財布を盗んだところ、バレて叫ばれてしまった。今までに1度だって成功した試しが無い。毎度の事だが、人目につきながら、その場を走り去るという無様な逃げ方……。いつものように札束だけを抜き取り、財布はその場に捨てた。どうして俺は、こんなにスリが下手なんだ……。

俺の名前は銀三(ぎんぞう)。何の取り柄もない木偶(でく)の坊さ。謙遜とかじゃないぜ、ホントにクズだと思ってる。どんなヤツでも何か1つぐらい良いところがあるのにな。
ああ……そう言えば、男手1つで、ここまで育ててくれた父親にはホントに感謝してる。1番自慢出来る話ってのがコレなんだから、クズさ加減がよく分かるってモンだろ？ そんな父親も先月、ガンで亡くなっちまった。親孝行したい時に親は無しってのは本当だな。旅行の1つも連れていってあげられなかったよ。
親父は超一流のスリだったんだ。……おっと、親父の文句を言うヤツはブッ飛ばすぜ。どんな事だって、1番になるってのは凄い事なんだ。スリ1本で俺を育ててくれたんだ。誰にも文句は言わせない。

俺がスリをしているのは親父への憧れと恩返しさ。いや、分かってる。親父の跡を継ぐってのが恩返しになるのは、真っ当な職業だけだってんだろ？ そんな事ぐらいバカな俺でも分かってるさ。だけど、俺みたいな中卒のバカが働ける場所なんて無いのさ。中卒をバカにしてる訳じゃないぜ。俺みたいな、どこの高校にも引っ掛からないヤツはダメだって事さ。働き口が無いんだから、せめて親父の跡を継いでるって思わせてくれよ。
でもダメなんだ。俺にはスリの才能が無い。今まで、1度だって成功した事が無いんだ。親父のDNAを引き継いでいるとは思えねえよ。まあ、足が速いから捕まる事も無かったんだけどな。スリ程度で指名手配はされないが、警察には顔バレしているだろうよ。
そう言えば、親父が死ぬ前に言ってたな。相手が貧乏人だったり命の恩人だったとしても、チャンスがあればスルんだとよ。情に流されているようじゃダメだとさ。俺は、どこかでカッコつけてるのかもな。金持ちからだけだとか、若いヤツは狙わないとかな……。ホント、俺には何の取り柄もねえよ。