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『全く、うるさいよな』  3日連続で隣の部屋の物音で目が覚めた。まだ8時だっていうのに掃除機をかけてやがる。一昨日引っ越しのトラックが横付けになり、隣で物音が激しかったから、誰かが引っ越してきたことには気がついていた。  ニャーー  ベッドの中から目線を上げると、ベランダに猫の姿が見えた。ちょこんと座って片方の前足でカリカリと窓を引っ掻いている。メシの催促。たぶんアパートの横の塀から2階のベランダに上がり、ここまでやってくる猫。今日は「ハナ」か「タロウ」か……。 「はいはい、待って」  ゆっくりとベットから降りて、窓を開ける。そこにいたのはキジトラのオス猫「タロウ」だ。ここに来る2匹のうちの1匹。耳には去勢済みのカット痕がある。人懐っこいのに部屋の中には入ろうとしないところが、警戒心が大きいところか。 「タロウ、腹が減ったのか?」  しゃがみ込んで、前脚を揃えてきちんと座っている太郎の頭を撫でる。頭を俺の手に擦り付けながら、タロウが小さく「ニャ」と鳴いた。  出しっぱなしにしていた缶詰用の皿と水飲み皿を取って立ち上がり、キッチンへと回り込む。窓は開けたままなのに、タロウは俺の姿を見ているだけでやはり中に入ってこようとはしなかった。 「ほら、いっぱい食べろ」  キャットフードの缶詰を半分皿にあけて、水とともにベランダの定位置に置いてやる。タロウは待ち切れないように、皿に顔を突っ込んで食べ始めた。 「お前は可愛いなあ。ハナはどうした? 喧嘩した?」  よくタロウと一緒にいるハナ。薄い色の三毛猫だ。珍しい色合いで迎え入れたい家がたくさんあったと聞くが、どこの家でも失敗をしたらしい。直ぐに逃げ出すという。今は、地域猫として見守られている中の1匹。俺ん家のベランダにはこの2匹がよく遊びに来ていた。  俺の問いには一切答えることなく、無心で缶詰を食べていたタロウが半分ほど食べたところでふと顔を上げた。タロウの視線を追って俺も振り向く。  隣のベランダから覗き込んでいたらしい人影が、俺が振り返ると同時にサッと部屋に舞い戻るのを感じた。一瞬見えた茶色の髪。そして聞こえた窓の閉まる音。 『女? あれ? 男?』  一瞬すぎて判別ができなかった。そういえばいつの間にか掃除機の音も止んでる。俺の声にでも反応して覗き込んだのか。 「趣味悪いな。なあ?」  同意を求めて姿勢を戻すと、もうそこにはタロウの姿はなかった。  
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