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 夕飯が終わり、コーヒーを持ってベランダに出る。今日は暖かくて気持ちがいい。近くの公園から吹き飛ばされてきた桜の花びらがヒラヒラと舞い降りてきた。 「星、綺麗だなーー」  この辺りは住宅街で、大きなマンションもビルもない。目の前には畑が広がっていて、その先にその所有者の家が見えるだけだ。街の灯りからも遠く、夜空にたくさんの星が瞬くのが見えた。  カラカラ……  左隣から窓の開く音がする。俺の声が聞こえた? まさかな。そのままコーヒーを啜り夜空に目を戻す。まだオリオン座は見えるか? 西の方に目を向けると、かろうじてペテルギウスだと思われる星を確認することができた。 「にゃ」  ニャッ? え? 猫? 隣にハナが来ているのか? 隣との仕切り越しに覗き込みたい衝動をかろうじてこらえた。 「ハナ、おいで」 「……」  俺の声に反応して現れるはずのハナを待つ。が、なかなか姿が見えなかった。  あ、あれ? ハナじゃないのか? え? 今の鳴き声って……隣の男?   ここは思い切って声をかけるか! 左手で持っていたマグカップを顔に近づけ、もう一口飲んだ。 「ここは星が綺麗だよな」 「……」  おい、何か言えよ! 俺の声が聞こえてんだろ? 思わず隣を覗き込もうとして、1歩左側に動いた足を元に戻す。この仕切りはプライベートを保つためのものだ。俺の倫理観が許さない。でも……。 「こんばんは。君、新入生? 欅藝大の」 「……にゃ」 「男、だよな?」 「……」  絶対に返事をした。絶対に隣人の声だ、猫じゃない。それなのになぜ黙り込む? 「もしかして……女?」 「んぎゃっ!」  こいつ、猫の鳴き声でしか返事をしないつもり? 「んぎゃっ」と強く主張するところをみると、やっぱりこいつは男だ。だんだん俺は楽しくなってきていた。  顔を見たいなあ。茶髪だってのはわかるけど、顔は? 可愛かったら3歳年下の彼氏をもつのも悪くない。大切にしてやるよ? 「なあ、夕飯食べた?」 「……」 「食べてないの?」 「にゃ」 「どうして?」 「……」  オイ、黙り込むなって。俺が独りで喋っているようで恥ずかしいだろ? いや独りか。コイツは「にゃ」としか言ってないし。 「肉じゃが食べるか?」  夕飯用に作った肉じゃがが、鍋に沢山残っている。少しだけ分けてやっても問題ない。 「……にゃ」  微かな声が聞こえた。俺は嬉しくなって、まだ温かさが残っているはずの肉じゃがを取りに部屋へと戻った。  
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