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「おっ」  思わず出てしまった声を抑えて階段を一歩下がった。バイトからの帰り、アパートの階段を登り切ろうとしたところで隣人の姿が見えた。あの男だ。  青く、つばがかなり大きな野球帽。そして白のスエット。腕に何か模様があった。そして青のジーンズ。茶色いはずの髪の毛は全く見えなかった。でも横顔は……。   『やべえ。めっちゃ好みかも』  小さな顔に色白の肌。真っ赤な唇。全部が俺好みと見守っているうちに、扉を開けた男が中に入っていった。   「にゃー」  ニャー  2匹分の猫の鳴き声が聞こえてきて顔を上げる。テーブルの上にパソコンを開いて、もうすぐ始まる大学の新たな授業を確認していた。卒業に必要な単位はあと論文だけだが、面白そうなものがあったら取っておいてもいい。 『ハナと……タロウ?』  いつもの2匹にしては鳴き方が違う。テーブルから立ち上がり、そっと窓を開けた。 「にゃーー」  ニャー  左隣から聞こえる。あれは絶対に隣人の声だ。いつもより声が優しいじゃないか。ハナがいるのか? 「ハナ」  ニャー  俺の呼びかけに反応するように鳴いた猫が、ベランダの手すりを伝ってこちら側にやってきた。やっぱりハナだ。久しぶり。 「ハナ、どうした? 久しぶりなんだけど。タロウが寂しそうだったぞ?」  長毛の種類なのだろう。野良のはずなのに、手入れが行き届き綺麗な毛並みをしている。俺の掌に頭を擦り付けるハナをそのままにして、隣に話しかけた。 「こんばんは。夕方、姿見かけたけど、バイト帰り?」 「……」 「夕飯食べた?」 「……」 「え? また食べてないの?」 「…………」  嘘だろ? 返事なしは構わないにしても、ダイエットしてんのか? あの体で? ずいぶん細かったぞ?   俺は夕方見かけたこの男の全身像を思い浮かべた。そして、即座に決心して口を開いた。 「お前、金ないの?」 「……にゃ」 「うちに来ないか? 何か作ってやるよ。」 「……」  え? 返事なし? 下心なんてあるわけないだろ? いや、ないよな? ……そんなに警戒しなくても。 「あーー。じゃあ昨日の皿返せっ。何か作って渡してやるから、20分後にまた出てこい!」  野菜炒めでも作ってやろう。飯はたくさん炊いてあるし、インスタントの味噌汁でもつけてやればいいだろう。  俺の剣幕に驚いたハナが、サッと離れて右隣に駆け込んでいった。左隣からはゆっくりと窓の開く音が聞こえて、隣の男が部屋に入っていくのが分かった。
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