雪のような人

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  *  しわしわの紙が無造作に詰まっている引き出しの中から、彼は数学と英語の答案用紙をより分けて、自分の膝の上に並べていた。俺が彼を観察しすぎたせいで、「恋愛対象は女だ」とお互い確認する羽目になるという事故があったものの、それ以外の会話は発生しなかった。時折、彼の口から「これは……」や「うーん」などと声が漏れるのが気になるが、これを深掘りしても、絶対に褒められる展開にならないことは分かりきっていたので、やめておいた。  テストをたっぷり十五分ほど眺めたあとに、彼が言った。 「これ、写真撮らせてもらっていいですか? 今後の指導の参考にしたいです」 「いいよ」  恥ずかしい気持ちはあったが、「指導のため」と言われてしまっては断る理由がない。俺は英単語テストを持ち、勉強机から離れた。 「撮る時、机使ったら? 手で持ったままだと大変でしょ?」 「恐縮です」  彼が鞄から取り出したスマートフォンには、黒い手帳型のカバーがはめられていて、また黒猫のことを思い出した。  机に並べたテストを写真に収めた彼は、テストを引き出しにしまってくれた。鞄を手にして俺に向き直った。 「ありがとうございました。次までに教材を準備してきます」 「うん」 「あ、それと、今日の英単語テストは、辞書を使っていいので、次回までにカッコを埋めておいてくださいね」  ――やってないこと、バレてた。先生は答案用紙に集中していたし、見られていないと思ってたのに。  俺は、気まずさから俯いて「うん」と答えた。 「田丸さんにご挨拶してから帰ります。それでは次の金曜日に」  先生が一礼して部屋から出ていく。  ドアが閉まると、俺は深く息を吐いた。  ――なんかすごく緊張した。  どんな人とでも仲良くなるための努力をする。それが俺のポリシーだ。だけど、先生とは仲良くなれそうな気がしない。先生の守りが固すぎるからだ。  会話は普通にできるが、常に敬語なのもあって、一定の距離を取られている気がする。  まるで猫みたいな人だ、と思った。触らせてくれるのかなと思って近づくと、あっという間に逃げられる。適切な距離が分からない。  どうやって彼を攻略したらいいのだろうか。俺は英単語テストを片手に、ため息をついた。
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