雪のような人

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  *  金曜日の一八時三十分。彼は約束の時間きっかりに現れた。  俺が椅子に座るやいなや、彼が鞄から冊子を取り出した。  勉強机の上に置かれたのは、中学一年生の英語と数学の問題集だった。手作りプリントではなく、市販の物だ。 「まずはここから始めてみましょう」  彼がすまし顔で言い、折り畳み椅子に腰掛ける。  ――いくら勉強ができないとはいえ、aとanの違いくらいは分かるし、正の数・負の数の四則演算だってできる。  ここまでバカだと思われたのか、とすっかりやる気を失ってしまった。シャープペンシルを持つどころか、問題集を開く気にもなれず、大きくため息をついた。 「どうしたんですか?」  その問いには答えず、俺は横目で彼を見た。相変わらずきれいな顔が、不思議そうな表情で俺を見返していた。 「勉強ってなんでしなきゃいけないの?」  口をほとんど動かさずに喋ったから、小さな声だった。彼には聞き取れたらしく、その口角がわずかに上がった。 「君はどう思いますか?」 「分かんないから聞いてるんじゃん。将来役に立つの?」  回答がもらえなくて、いらいらする。爪で机を叩いた。耳に刺さるような音が部屋の中に響く。 「君は、部活に入っていますか?」  彼は俺の質問に答えてくれない。脈絡のない質問に、怒りよりも困惑が(まさ)った。 「……うん」
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