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「俺でも分かるし」
「問題集を開かなくても? 君は超能力者なんですか?」
俺は黙って俯いた。
「僕はここにお喋りをしに来ているわけではありません。勉強を教えに来ているんです。そういえば、初日に渡した英単語テストは? ちゃんとやりましたか?」
彼に言われて初めて存在を思い出す。
「……忘れてた」
「馬鹿なんですか?」
彼の冷たい声を聞いて、記憶のトリガーが引かれる。
「『バカって言われると、ほんとにバカになる』んだぞ! 先生のせいでバカになるかもしれない!」
「安心してください。君は僕に会う前から馬鹿です」
「なっ……!」
あまりの衝撃に、言葉が出なくなった。
「馬鹿だから家庭教師を雇われたんでしょう? 君は、馬鹿のままでいいんですか?」
彼が眼鏡を上げた。冷ややかな二つの目が、挑発するようにこちらを向いていた。
「そりゃあ勉強できたらいいって思うけど、俺には無理だし――」
「勉強と、ちゃんと向き合ってみたことはありますか? 逃げ続けてきたんじゃないですか?」
詰問するような口調に、いらだちを覚える。
「そんな言い方することないだろ!」
「僕は君に勉強を教えるために雇われています。それを遂行するためには、君の協力が不可欠なんです」
「俺が悪いって言うのかよ」
手が震えた。
――この子、馬鹿だから。
母さんの困ったように笑う顔が頭に浮かんだ。親戚の前、近所の人の前、友達の前、担任の先生の前、そして、角巻先生の前。
「先生も、俺が勉強できないのは、俺のせいだって言いたいんだろ?」
――どうせ俺は、誰からも期待されていない。
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