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「まさか、君の性愛の対象は男ですか?」
「はっ!?」
真剣な顔つきで何を言われるかと思ったら、予想の斜め上をいかれ、俺は絶句した。
「だとしたら困ります。田丸さん――君のお母さんは、僕が男で、君も男だから、このような『密室で二人きり』の状況でも、安心して君を任せてくれているのだと思いますが、僕も君の恋愛対象に入ってしまうとなると、前提条件が崩れてしまいますね?」
彼の表情には茶化すような気配がない。俺をからかっているのではなく、本気で心配しているようだ。
――「きれいなひと」じゃなくて「変なひと」だったかも。
「残念でした。俺は女の子が好きだよ」
同性に見とれてしまっていた自分に困惑し、冗談だったことにしたくて、笑顔を浮かべてみたものの、うまく笑えた自信がない。
「まったく残念じゃありません。むしろ安心しました。僕も恋愛対象は女性ですし、男性を好きになったこともありません。それに、もう恋はしないと決めているので、間違いが起こることもないでしょう。さっさと問題を解いてくださいね。僕もいただいたお給料分は働かないと」
彼は淡々と言った。「恋はしないと決めている」に引っかかりを覚えたが、目を伏せ、再び俺の答案用紙とにらめっこを始めた彼に、問いかけることはできなかった。体全体でこれ以上踏み込まないでくれ、と主張しているように見えて、「やっぱり彼と仲良くなれる気がしない」と思った。信頼関係を築けるかも分からない。この先生と三ヶ月も一緒にいられるだろうかと不安になった。
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