雪のような人

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 時は遡り、一時間前。 「角巻(つのまき)健人(けんと)と申します。よろしくお願いします」  玄関先で頭を下げた彼の髪の毛はさらさらで、動きに合わせて音がしそうだった。彼が顔を上げて、小指で前髪を横に流したとき、隠れていた顔があらわになった。思わず「あっ」という声が出かけたが、喉元で押し殺した。  鼻にかかるくらい長い前髪の奥には眼鏡があって、彼の目はほんの少ししか見えなかったけれど、それでも彼の顔が整っていることは分かった。  母さんから、「友達の甥御さんが家庭教師をしてくれるって」と聞かされていたが、思ったより若い人だったから驚いた。彼から目が離せないのは、多分そのせいだ。  一月下旬、水曜日の夕方。外で雪がちらついているのも相まって、「透き通る、雪のような人だ」と正気とは思えない言葉が浮かんできたのも、絶対にそのせいだ。 「あなたが健人くんね。三ヶ月間よろしくね」  母さんの目がこちらを向き、俺はまだ自分が一言も喋っていないことに気がつく。 「田丸(たまる)悠里(ゆうり)です。よろしく」  慌てて名乗ると、声が裏返った。 「はい。よろしくお願いします」  表情筋を動かさず、感情の読み取れない声で言った彼は、母さんに促されるがまま、靴を脱いで俺の家に足を踏み入れた。彼が通るスペースを開けるつもりで、俺は体をよじった。彼が俺の横を無表情ですり抜けていく。一瞬だけ肩が並んだ。ということは、身長は同じくらいか。高校二年生の俺は百七十三センチで、平均より高めだと自負しているだけに、少し悔しい。  俺がそんなことを考えているうちに、母さんが彼をリビングに案内してしまう。俺は二人の後ろ姿を小走りで追いかけた。
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