雪のような人

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「教師を目指しているんでしょ? 美奈子さんから聞いたわよ」 「はい、まあ。今のところは、ですけど」 「実家から通ってるの?」  と母さんが尋ねた。  A大はここから電車とバスで一時間半なので、通学圏内だ。実家から通っている人も多いらしい。全部母さんから聞いた情報だ。 「いえ。大学のそばのアパートを借りて、一人暮らしです。ただ、今の時期はテストやレポートが中心で、授業がほとんどないので、実家に帰ってきています。春休みが終わる三月までは実家におり、田丸さんの家にも通えそうでしたので、こちらのお仕事を引き受けさせていただこうと思ったのです」  足元の鞄から、彼がクリアファイルを取り出した。A4の用紙を抜き取ると、テーブルの真ん中に置いた。 「こちらの条件で問題ないでしょうか」  彼が長い指先を使って、紙をこちらに近づけてくる。次のようなことが箇条書きになっていた。 ・一月から三月の三ヶ月間、週に二回(水・金)、十八時半からの一時間 ・教科は数学と英語 ・料金は三ヶ月で二万円 ・連絡は叔母を通じて行う 「三ヶ月で二万円は、いくらなんでも安すぎない?」  母さんが恐縮したように言ったが、彼は真顔のまま、眼鏡を人差し指の第二関節で上げた。 「いえ、構いません。私も去年までは高校生だったはずなのですが、早いもので、受験や高校時代の勉強の記憶が薄れてきています。教育学部とはいえ、家庭教師のプロではありませんし、高校生相手に十分な指導ができるか分かりませんので、この価格の方がむしろありがたいのです」 「それはもちろん、こちらも安い方がありがたいけど……」 「では、決まりですね」  彼が少し口角を上げた。笑ったのだ、と理解した時にはもう、元の無表情に戻っていた。
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