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「悠里さんは何か質問はありますか?」
ゆうりさん。彼の口になじんでいない俺の名前を聞いて、むずむずと背中がかゆくなった。
「ないよ」
「では、精一杯、息子さんの家庭教師を勤めさせていただきます。三月までよろしくお願いします」
彼が頭を下げると、髪の毛がさらりとテーブルをなでた。
「こちらこそよろしくお願いします」
母さんがお辞儀するのを見て、俺も慌てて会釈した。
俺よりもあとに顔を上げた母さんが、眉を八の字にしながら言う。
「うちの息子、馬鹿だから大変だと思いますけど、よろしくお願いしますね」
俺はこのタイミングで、テーブルの真ん中に輪っかになった水滴があることに気がついてしまった。母さんがお茶をいれた時にこぼしたのだろう。台拭きを持ってきた方がいいだろうか。水滴を見つめていると、じりじりという視線を感じた。顔を上げる。彼と目が合った。と思ったら、すぐにそらされた。
――なんだよ。言いたいことがあるなら言えばいいじゃないか。
「とりあえず、息子さんの今の学力を把握させていただきたいので、テストを見せていただけますか?」
にらみつけてみたが、彼は母さんにばかり話しかける。
「俺の部屋にあるよ」
面白くない。ぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「じゃあ、部屋でやったらいいんじゃない? わざわざ持ってくるのも面倒でしょうし。私、ここで待ってるから。終わったら声かけてちょうだい」
母さんに促され、彼が立ち上がった。
面白くない。俺はわざと大きな音を立てて、彼を先導するように歩いた。
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