雪のような人

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「ここだよ」  ドアを開けて、後ろを振り返る。彼は真顔のまま、首を動かしている。部屋の中を観察しているようだ。なんの面白みもない、六畳のフローリング張りの部屋だ。ベッドとタンスと、小学生の時から使っている勉強机だけが置いてある。勉強机についてきたキャスター付きの椅子の右隣には、折り畳み式の椅子が一脚あるが、家庭教師を迎えるために母さんが買ったものだった。 「失礼します」  彼が一礼してから部屋に入った。彼の後ろ姿を見ているうちに、体のこわばりを感じた。  他人が自分のプライベート空間にいる今の状況に、俺はやけに緊張していた。それをごまかすため、いつも以上に明るい声で喋った。 「角巻健人先生、だったよね。先生のことはなんて呼べばいいかな。つのちゃん? うーん。あっ、待って。まきちゃんの方がかわいい! まきちゃんって呼んでいい?」  彼の前に回りこみ、笑顔を貼りつけて話しかける。 「素直に『先生』と呼んでください。変なあだ名をつけないで」  呆れたような声が返ってきた。 「じゃあ、けんちゃん先生!」 「『けんちゃん』はいりません。前に何もつけず、『先生』と呼んでください」  彼はちゃんと俺を見て話してくれている。先程までと違って。そんなことを考えてしまっている自分に呆れる。  ――当たり前だろ、二人きりなんだから。
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