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先端に二十番と書かれた一本の割り箸が、麒麟花の手の中にある。
『二十番は二番に告白をする!』
涙の卒業式を終え、四葉高等学校の生徒達は打ち上げをしに焼肉店をやって来ていた。三年間の思い出話に浸っていたのも束の間、盛り上げに欠けるからと運悪く開催されたのが王様ゲームだった。
(友菜は彼氏と打ち上げだもんなー。いいな)
『皆のおもちゃにされなくていいな』が三割、『彼氏がいていいな』が七割。
一度もお付き合いの経験がない花にとって、恋は憧れそのものだ。
「運命の神様じゃなくて、なんで偽の王様にタイミングを決められなきゃダメなのよ……」
手洗い場間近の暖簾前で何度目かのため息を吐く。このまま居ては邪魔になるだけだ。
しかしながら告白したフリで戻るのは、生真面目な花の性分上無理である。親友歴長い友菜も「長所と短所って捉え方一つだね」と呆れて笑う始末だ。
「うわ! え、麒麟……さん?」
忍び寄る影に気づかず、花は声にならない悲鳴を上げそうになった。待ち構えていたのはこちらの方なのだが。
花が頭を上げても、なかなか頭のてっぺんまで捉えられない。それもそのはずで、運悪く二番を引いてしまった相手は身長が百九十あったからだ。四十センチも遠い。
「お手洗いは……。あ、女性の方は並んでますよ」
滑らかな日本語を話した大男は、花の見辛い苦しさを読み取ったように腰を屈めた。しかし、ぐっと距離が縮まって小さく心臓が跳ねる。
目鼻がくっきりとし、黄金色の瞳は見る者に印象を残す。腰まで伸びた白髪のロングは重たいどころか艶があり、後ろ姿を一目見ただけだったら美人な女性と間違えそうだ。
「大丈夫ですか?」
きめ細やかな肌にサラサラの髪の毛がかかる。低めで落ち着きのある声が色気を誘い、花は初対面の時以上に緊張した。
(告白しなきゃ、告白しなきゃ……!)
どっどっどっ。小さな花の胸で和太鼓祭りが開かれている。
ため息は短くて深い呼吸だと言う。白状すると「いいな」と思っていたクラスメイトだ。
名を櫻井ジュリアン。ハーフである彼は、なぜか三年生の冬に転校してきた。第一印象も強めだったがそれ以降も欠席が続き、クラスで浮いた存在となっていた。
しかし、そこへ花は含まれない。
冬休みに入る前のことだ。図書委員の花は整理整頓も兼ねて、長期休み用の本を取ろうと必死に踵を浮かせていた。
『手伝いましょうか?』
同級生相手に丁寧語。よそよそしい雰囲気は全くなく、ひょいと一番上の棚の本を取ってくれた。
ベタベタのベタなシチュエーションだったと思う。けれど背と腹が触れるか触れないかの密着や、にこやかな笑顔が内気な乙女心をくすぐった。
「あ、あのっ! ば、罰ゲームとかドッキリとかじゃないんですけど……!」
それから、花は嘘をつくのが大の苦手である。
「わた、私……、ジュリアン君のこと、恋愛的な意味で好きです。付き合ってくれませんか!?」
冷静さを保てず、上擦った声が馬鹿みたいに大きくなってしまう。恥ずかしさのあまり顔を伏せた。
「……っ」
息を飲む音がし、上昇した熱が一気に凍てつく。もともと青春の想い出として片づけるつもりで、命令なぞなければ告白しなかった半端な想いと覚悟だ。断られる未来なんて確定事項──。
「とっても嬉しいです」
「……えっ?」
震えて絞り出すような声が、花の小さな口から出る。視界に映るジュリアンは目尻を落としながら頷き、「僕も花さんのことずっと好きでした」と嘘みたいなことを口にする。
「嘘じゃありませんよ。誠の気持ちです」
嘘を否定されても、受け入れるための処理に時間がかかる。
(だ、だって話したの……三回くらいしかない)
心臓を丸ごと吐き出しそうだった口を両手で覆い、緩みかけた涙腺にぐっと力を込める。今泣けば確実に周りに突かれるからだ。
「……でも、付き合う前に知って欲しいことがあるんです」
嬉しい気持ちを堪えつつ、ジュリアンの話し出す内容に耳を傾けた。穏やかな表情をしているが、何やら大事なことらしい。
「僕はあと──しか、この世界に──ません」
人生初の告白を成し遂げたのに、この辺りの記憶が曖昧である。初キスに全部持っていかれたのだろう、と花は適当な見当をつけた。
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