花が種となるまで

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「……花、泣かないで」 サンタクロースが天才医師ならどんなに良かっただろう。ジュリアンは花を咲かせるどころか、花を吐いた。 「ずっと隠していてごめんね」 花は、ベッドに散らばったプリムラ・ジュリアンの花弁を集める。震え泣く彼女をジュリアンは右腕で引き寄せた。弱々しい力で。 今さっき、恋人の素性を聞かされた。ジュリアンは『花人(かじん)』という異世界の来訪者で、その名の通り『花が人間化』した珍しい生き物だと言う。ジュリアンはプリムラ・ジュリアンが変化した花人だった。 「私とのキス、気持ち良くなかった?」 言葉を選ぼうとしたが、本音が先に飛び出てしまう。 花人はキスすることにより、自分達にとって不都合な情報や記憶を封印する。ただその行為は緊急措置にしか過ぎず、どちらにせよ人間年齢二十前後で命を落とすのだ。 「そんなわけない。僕の青春に彩りを持たせてくれたのは君なんだよ」 「嘘つき。ここずっとキスしてくれなかった」 「花に……忘れて欲しくなかったから」 掠れた声の訴えに、飛沫も体裁も構わず首を振る。 「絶対忘れたりしないもんっ! ジュリは命よりも大切な存在なんだから!」 言語化しづらい感情が渦巻き、悔しくて堪らない。涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃ。その時間さえ無駄なのかもしれないと不安になる。 湿り気を帯びた唇に熱を持った同じ部位を重ねられた。 『僕はあと二年しか、この世界にいられません』 頭の片隅にあった靄が解け、口の中が一気に塩辛くなった。 「打ち明けた時、君は大泣きしたんだ。自分事のようにね」 たしかにそうだった。寿命を告げられた時、ギャン泣きして焦らさせた覚えがある。 「心が綺麗な人なんだと改めて実感したし、同時に好きな人をまた泣かせるのは嫌だと思った。けど、日に日に花への気持ちが募っていく。キスは愛の行為だ。……恐ろしいよね」 (この数年、彼が弱音を吐いて泣いたところを一度でも見たことあるのかな) 悲しい気持ちを失くすことは不可能に近い。ただ、キスの時は麒麟花しか考えれないようにしたい。 ──ちゅ。 「愛してるよ、ずっと。これからもあなたは私の大切な存在だよ」 「は──」 はらり。小さな花が掌に咲く。一瞬で枯れ果て、生命の粒を遺した。 「……また会おうね」 涙で育つわけのない種子を、花は庭へ埋める。その日、柔らかな初雪が空から舞い降りてきた。
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