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「さて……」
体に似合わない少し大きめの鞄を手に持ちミケルは小屋を出る。一度周りに目を配らせ、誰もいない事を確認すると大きく深呼吸をした。
身震いをした瞬間ミケルの背丈が縮んだように見え、はらりと着物が地面に落ちる。そこに突如現れたのは犬と見紛いそうな小柄な狼の姿だった。狼は落ちているミケルの着物を鞄に押し込むと、それを口で咥えて器用に背負った。
この世界には三つの性に加え、獣人という人種が存在している──
獣人は身体能力など人よりずっと優れているのにも関わらず、半人前だという勝手な理由と野生的な容姿のせいで昔から差別を受けることが少なくなかった。ひと昔前は、見世物にしようとする人間と獣人との争いごとも後を絶たなかったという。
今でこそ差別は少なくなり共存しているものの、獣人もまたΩ性と同様、人とは違うこの能力を隠して生きた方が得策だと幼い頃から教えられ育つことが多く、街中で一目見て獣人だとわかるような半獣の姿を見かけることは稀だった。
獣人は狼や犬、虎や猫などといった種族が殆どを占めると聞く。なにせ現在ではその姿を見ることが無いため憶測でしかない。中には鷲やハヤブサといった鳥類もいるらしいが、それも伝説のような話で誰もその姿を見たものはいなかった。
ミケルは物心ついた時には自身の体の違和感に気がつき、誰に教えられたわけでもなく人から半獣、そして獣の姿に変化させることを容易くやってのけた。獣人の存在も施設の大人たちに教えられ、やはりこの姿も人に見られないように気をつけなさいと釘を刺された。
幼い頃から今に至るまで、ミケルは本当の自分を他人に晒すことなく普通の人間として生きてきた。偽ることが多すぎるが故に、どうしても他人と距離を置いてしまう。これは性格云々というより、そうした方が楽だという生きていく上で身につけた自己防衛でもあった。
そうするしかないという諦めで、ミケルは一人 孤独な人生を歩んでいた──
獣の姿で颯爽と森を走り抜け、ミケルは目的の街を目指し山を登る。獣の姿なのは、これは人の姿でいるより断然に効率的だから。人の姿のままではきっと今晩中にも屋敷に到着することは不可能だろう。
走りながらミケルは鼻を利かせる。この辺りは野うさぎやネズミが巣を作っているのを知っている。腹が減ったらそれらを捕食しようかと頭を過ぎった。本来人の姿で食事をすることが殆どだけど、収入が無く食べ物を購入する余裕が無い、どうしようもない時、ミケルは獣の姿で狩りをしていた。流石に仲間と共に狩りをするわけではなく単独の行動なので、自分より体の小さなうさぎやネズミ等を追うことが殆ど。すばしっこい相手に苦戦することも多かった。
今日は無駄に体力を消耗させることはできれば避けたい。狩りをしても捕獲出来なそうなら無理をせず諦めるのもしょうがないか、と考えながらミケルは走り続けた。
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