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子離れ出来ない母
「もしもし、由美由美ちゃん? 元気?」
母が楽しそうに電話をしているのは、姉の由美。私と六つ離れていて、もう既に成人している。OLとして働き、家を出てもう何年になるだろうか。
大学を卒業したら東京に就職するんだと張り切り、それを目標に大学生活を送っていた。
姉が家を出てから、もう何年も会っていない。
「風邪とかひいてない? お仕事は大丈夫?」
(また始まった……子離れ出来てない母親)
冷蔵庫からペットボトルを取り出して、私は横目で母を見る。猫撫で声のような、娘を甘やかす言葉。
私は面倒くさそうに髪を掻き、大きな溜め息を吐いた。それが電話中の母に訊こえたのか、眉間にしわを寄せる。受話器から耳を離して、電話口に手を当てた。
「亜紀亜紀、由美ちゃんに溜め息が訊こえたらどうするの?」
(訊こえるようにしてるんだけど)
もう一度溜め息を吐くと、母は「またかけ直すね」と慌てて、受話器に声をかける。ガチャンと音を立てて切ると、母は私の方に向かって来る。飲み物をテーブルの上に置こうとした、その瞬間。
乾いた音がキッチンに響いた。母の掌が、私の頬を叩く。置き損ねたペットボトルは、テーブルの上に倒れる。中身が零れて、テーブルを汚した。ポタポタと雫が、床に落ちる。
「どうしてあんたはそうなの!? お姉ちゃんを見習いなさい!」
また始まった、母のヒステリック。
姉のことになると周りが見えなくなる。
(私だって、あんたの娘なのに……)
叩かれた頬を指先で触れて、奥歯を噛み締めた。拳を握り締めて、母を睨み付ける。
「何よその眼……あんたはいつもそう。どうして言うことが訊けないの? 由美ちゃんは、ママの言うことを訊いて立派になったのに」
よく言うよ――
姉は母の言うことを訊く、着せ替え人形だった。
これを着なさい、と服を与えた。
これをやりなさい、と習い事をさせた。
この大学に行きなさい、と勉強をさせた。
女性らしく髪を伸ばしなさい、と髪を切ることを許してもらえなかった。
由美ちゃんに相応しくない、と彼氏と何度も別れることになった。
私はそんな母が嫌で、反抗をした。母の言う通りにはしなかった。姉のようにはなりたくなかった――
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