第13話 冗談もほどほどにしてくれないと困ります

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第13話 冗談もほどほどにしてくれないと困ります

 フレイムローズ家の《白銀の薔薇》がついに動きはじめた──  社交界ではそんな噂が広まっているようです。人のことを最終兵器か何かのように噂するのはどうかと思いますが。  確かに特殊な存在ではあるのでしょう。  初代皇帝の妹から続く皇室傍系、《白銀》シルバスティン家の血を継ぎながら、《真紅》フレイムローズ家の公爵令嬢であるということ。  その複雑な生い立ちが吉と出るか凶と出るか、周りの貴族たちはどこか推し測っているようなところがありました。  おまけに社交界に姿を現すことは稀。その素顔は謎に包まれていたのです。  それが、先日のパーティーで一変した──  堂々とした立ち振る舞い。母譲りの容姿。皇太子ユリアスの覚えもめでたく、エリシャ=カトリアーヌ侯爵令嬢とのダンスはひときわ鮮烈な印象を残した。  あれ以来、来る日も来る日も舞い込んでくる大量の招待状と恋文がその結果。  私はミアに命じて皇太子以外の恋文をすべて破棄させつつ、招待状は自分の手で一枚ずつ分けていきました。  出席するべきもの、できれば出席したほうがいいもの、どうでもいいもの。  帝国貴族に関する知識を使ってそれらを分類し、出席する順番を決めます。 「ミア、この招待状の返信をお願いできる?」 「かしこまりました。お嬢様」  優先度の高いものをミアに渡すと、彼女はさっそく返事を書きはじめました。  ミアは筆跡が美しく、ある程度の教養もあり、代筆を頼むには最適です。聞けばかつては貴族令嬢で、数年前に実家が没落した際、お母様を頼ってこの屋敷の使用人になったのだとか。  少々臆病なところはありますが、私に対する忠誠心は本物。このような部下を残してくださったお母様には感謝しております。  そうして私は少しずつ、パーティーやお茶会の招待に応じるようになりました。 「フラウお嬢様……! 本日はよく来てくださいました!」  その日、私は馬車に乗ってお茶会に出かけました。  よく言えば豊かな自然に囲まれた荘園。  悪く言えば超のつく田舎──前世でたとえるなら、コンビニまで一時間はかかるような。  馬車を降りた私の前に見えるのは、この一年以内に建てられたのであろう真新しく豪奢な屋敷。こんな田舎にあるのが信じがたいほど派手な造りの建物です。  そして、これまた派手に着飾った少女が興奮した面持ちで私を出迎えました。 「公爵家のフラウお嬢様にお越しいただけるなんてっ……光栄です!」 「こちらこそ会えてうれしいわ。オーリアお嬢様」  ゼイン子爵家の令嬢。  オーリア=ゼイン。  濃いブラウンの髪を縦ロールに巻き、そばかすの散った頬に白粉を塗りたくった彼女を見下ろして、私は静かに微笑みます。 「本当によくお越しくださいました」 「どうぞゆっくりしていってくださいましね」  オーリアの後ろで彼女の両親がしきりにぺこぺこと頭を下げています。  子爵家にとって、公爵令嬢を家に招待するのは名誉なことでしょう。  そのあとオーリアに案内され、中庭に設けられたガラス張りのラウンジに入っていくと、 「まあ、あの方がフラウお嬢様っ?」 「わぁ……!」 「本当にいらっしゃったわ!」  すでに集まっていた令嬢たちが一斉に立ち上がりました。素朴な印象の娘たちで、ドレスは田舎臭さを感じます。おそらくオーリアが自分の引き立て役として集めたのでしょう。 「フラウ=フレイムローズと申します。みなさん、どうぞよろしく」  私がそう言ってお辞儀すると、慌てたように次々と挨拶を始めます。  フリルのついた真っ赤なドレスを着たオーリアは、そんな彼女たちを強引に押しのけるように私を真ん中の席に案内しました。 「ちょっと、早くおどきになって! さあフラウお嬢様、どうぞこちらへ。私の隣にお座りになってくださいましっ」 「ええ。ありがとう」 「今日もすばらしいお召し物ですね。私たちなんかとは住んでいる世界が違いますわ。身に着けているものぜんぶが素敵で、よくお似合いで! 特にそのブローチとか!」  大げさに私の服装を褒めたたえるオーリアですが、正直、この中で一番高価なドレスを着ているのはオーリアでしょう。私のブローチは小粒のダイヤと真珠をあしらった控えめなもの。対して彼女のブローチは燃えるように赤い大粒のルビー。  まったく、何を意識しているのでしょうね。 「夢みたい! フラウお嬢様とこうして仲良くお話できるなんて…!」 「私も、あなたとは一度ゆっくりお話したいと思っていたの」 「本当ですかっ⁉」  オーリアはますます鼻息を荒くします。  ──そう。  あなたとはぜひお話したいと思っていたんですよ。  彼女から届いた招待状を見たとき、私は真っ先に参加することを決めました。  ゼイン家は銀の採掘で急成長した新興貴族。フレイムローズ家からするとまだまだ取るに足らない存在ですが、味方につけておいて損はありません。お金は嘘をつきませんからね。 「皇太子殿下の誕生パーティーにいたでしょう? あのときから気になっていたの」 「っ……そうです、いました! あのとき、公爵様にご挨拶させていただいて!」  えへへ、とうれしそうににやけるオーリア。あの夜のことを思い出しているのでしょう。  私もよく覚えていますよ。  あなたが──お兄様の腕に気安く触っていたこと。 「すごいじゃない、オーリア。皇太子殿下にお目通りしたの?」  取り巻きの一人が興味津々に尋ねます。  オーリアはもったいつけたように笑ってから「……まあね」とうなずきました。  それを聞いた取り巻きたちが「すごーい‼」とさらに彼女を持ち上げます。 「殿下ってものすごい美男子なんでしょう⁉ いいなぁ、うらやましい! 私もひと目でいいからお会いしてみたいっ」 「そうね、もちろん殿下は素敵な方だったわ。でも」  オーリアがふふ、と得意げに笑いながら私のほうを向きます。 「公爵様はもっと素敵だったの!」  力を込めて言う彼女に、私は黙って微笑みを返しました。  それをどのように解釈したのか、あるいは目に入ってすらいないのか、オーリアはうっとりしながら続けます。 「あの燃えるような赤い髪に、鋭い瞳……背が高くて、頼もしくて……あのような方がこの世にいらっしゃるなんて……!」  両手で顔を覆ってひとしきり身もだえしてから、再びぱっと私を見ます。 「フラウお嬢様も本当に素敵! おきれいで、おやさしくって……!」  ふるふると震えながら、その興奮は最高潮に達し── 「ああ、フラウお嬢様が姉妹だったらいいのに‼」  ほとんど絶叫に近い声を上げるオーリア。  それを聞いた私は、 「…………………ふっ」  思わず、吹き出してしまいました。 「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」  私の高い笑い声が、ガラス張りの室内に響き渡ります。  笑顔のまま目を丸くしたオーリア。  何が起こっているのかわからず固まっている取り巻きたち。  私はひとしきり笑い続けたあと、ようやく息をついて、 「困るわ、オーリア」  首を振りながら言いました。 「冗談もほどほどにしてくれないと」
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