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第14話 いいことを教えてあげましょう
「遠い国の言葉で」
何が起こっているのかわからない──
でも。
何かが起こっている。
硬直したオーリアの顔は、そんな心境を表しているようでした。
「『雉も鳴かずば撃たれまい』ということわざがあるの」
「……キ、ジ……?」
呆然と呟いたオーリアは助けを求めるように取り巻きたちを振り返ります。
しかし彼女たちもまた言葉にできない何かを感じているらしく、オーリアと視線を合わせようとしません。
「それは……ええ、と……」
「猟師の前で鳴いたりしなかったら、雉も撃たれなかった──」
私は穏やかに微笑み、
「殺されなかったのに」
そう付け足すと、興奮で火照っていたオーリアの顔が少しずつ青ざめていきます。
私は手元のカップを取り、一口飲みました。
深いルビー色。華やかな香りに上品な渋みの余韻。ロミリア産の最高級茶葉でしょう。
「とてもおいしい紅茶ね」
「あ……ありがとうございます」
「この紅茶なら、おいしい飲み方があるのよ。知りたい?」
「ぜひっ」
身を乗り出してうなずくオーリアに、私はポーチから人差し指ほどの小瓶を取り出して見せました。濃い色の瓶で中身はわかりません。
……ぽたり。
蓋を開け、とろみのある液体を一滴落としてスプーンでかき混ぜます。そしてそのカップを差し出すと、
「どうぞ」
笑顔で勧めます。
沈黙。
ごくり、とオーリアが唾を飲み込むのがわかりました。顔色はすでに蒼白です。
「フラウ……お嬢、様……」
すがるような目で私を見ますが、私は何も答えません。
オーリアは震える手でカップを取り、カップと私の顔を交互に何度も見ます。
が、やがて思い切ったように口をつけました。
取り巻きたちが息を呑んで見守る中、
「…………っ」
ごくん。
紅茶を飲んだオーリアは、しばし目を閉じて──
「…………………………おいしい」
はぅ。
と、とろけるようなため息を漏らしました。
「おいしい……すごくおいしいです! フラウお嬢様、これは?」
「蜂蜜にバラの香りをつけたものよ。こういう深みのある紅茶とよく合うの。パンケーキに垂らしてもおいしいわ」
私はにっこり笑って、先ほどの小瓶を彼女の前に置きました。
「これは差し上げる。もし気に入ったら、今度たくさん送ってあげるわ」
「い、いいんですか……⁉」
本気でうれしいらしく、きらきらと目を輝かせるオーリア。
私はこくりとうなずき、
「淑女たる者」
そっと彼女の手を取って言います。
「大声でべらべら喋ったり、過剰にお世辞を言ったりするものではないわ」
「………」
「社交界では、ちょっとした噂がたちまち広がるの。なんてことのない些細な一言が家名を傷つけることだってあるわ。あなたも子爵家の娘なら、言葉の大切さを学ばないと」
「………はい」
しゅん、と萎れてうなずくオーリア。その瞳にうっすら涙が浮かびます。
「私、自分が恥ずかしいです。先ほどは立場もわきまえず、お嬢様の前ではしたないことばかり……。本当に申し訳ありません」
「いいのよ」
いいんですよ。
──わかってくれれば。
「オーリア。これからもお友達として仲良くしてくださる?」
「……! はい、もちろんです! フラウお嬢様っ……‼」
私の手を握り返し、ぽろぽろと涙をこぼすオーリア。取り巻きたちもハンカチで目元をぬぐい、鼻をすすっています。
まあ──
ひとまずこんなものでしょうか。
ゼイン家との親交は深めておきたいですし。オーリアがきちんと立場をわきまえていてくれれば何も問題はありません。
これでお兄様のことをデレデレ話すなんて愚行、もう二度としなくなることでしょうし。
「……?」
ふいに蹄と車輪の音が聞こえてきました。
訪問客でしょうか。音からすると何台か馬車が連なっています。ずいぶん大勢でいらっしゃったようですが。
「お父様にお客様かしら……?」
オーリアも首をかしげています。
音がやむと、今度は表のほうで声がしました。オーリアの両親が大慌てで挨拶をしているのも聞こえます。
それと何やら聞き覚えのある──
明るい笑い声も。
「………ふふふふふふふふふふふっ」
ああ。
なんだか。
今すぐ帰ったほうがいいような気がしてきましたね。
椅子を引いて立ち上がりかけた瞬間。
──バンッ!
弾けるように前方のガラス扉が開きました。
「フーーーラーーーウーーーちゃん!」
ラウンジに元気よく飛び込んでくる紫髪の美少女。
「みぃぃぃつけたっ!」
ビシィッ!
……なんですか、その拳銃みたいな手は。
どうしてあなたがここに現れるのでしょう。
エリシャ=カトリアーヌ。
「エ、エ、エリシャお嬢様⁉」
驚いて立ち上がるオーリア。
取り巻きたちは急にまぶしいものを見せられたように目を細めています。
……ヒロイン特性で常に後光が差していますからね。
「もう!」
何気なく目をそらして逃げ道を探っていると、エリシャがすばやく私の前に回り込んできました。
「フラウちゃんってばひどいっ。私のお茶会にはちっとも遊びに来てくださらないのに」
「……そうでしたか。どうやら招待状を見落としてしまったようです」
「何十通も送ったのに⁉」
はい、百通近く来ておりました。
中身は「フラウちゃん大好きです」「会いたい。苦しい」「いつお返事くれますか?」といった言葉がぎっしりで、思わず端によけていましたが。
「仕方ないから、密偵を使ってフラウちゃんの動向を探らせたの。そうしたら、こちらのお茶会に出かけるっていうじゃない? 私、もう居ても立ってもいられなくて……!」
そんなに堂々と密偵を使わないでいただけますか?
今度はくるんっと主催者に向き直り、
「オーリアちゃん、いきなり押しかけてしまってごめんなさい」
「い、いえ! とんでもありません、エリシャお嬢様」
「お詫びにスペシャルゲストを連れてきたから。どうか許してね」
「お詫びだなんて、そんな……………すぺしゃるげすと?」
「ふふっ」
と、入口に向かって羽のように大きく両手を広げるエリシャ。
「さあ殿下、お入りになってくださいな!」
…………………………殿下?
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