208人が本棚に入れています
本棚に追加
第15話 ヒロインに先を越されてしまったようです
まったく、どうして。
このヒロインと皇太子は、原作にない行動ばかりするのでしょうか。
少しはこちらの気持ちも考えていただきたいものです。
「こちらが帝国の《黄金》! 皇太子殿下! ユリアス様でぇす!」
「はっはっは。エリシャ、そなたは面白いな」
二人掛けのソファにゆったり腰掛けたエリシャと──
ユリアス=アストレア。
輝く金髪と黄金の瞳を持った帝国のプリンスが、なぜこうも突然に、子爵令嬢のお茶会に現れたのでしょう。
オーリアと周囲の取り巻きたちは、状況が理解できないまま隅のほうに小さくなって固まっています。
「まぁ、どうかしましたの? フラウちゃんったら難しい顔をして」
「…………いえ」
「わかった! 私とユリアス様が仲良しだから嫉妬してるんでしょう? ふふ、心配しないでくださいな。私はフラウちゃんが大好きなんですから……!」
「はっはっは。エリシャ、そなたは本当に面白いな」
頬をピンク色に染めてうっとりとするエリシャと、その横で馬鹿みたいに笑い続けるユリアス。
私はこめかみに感じる鈍痛を紛らわせるため紅茶を口に含みます。
彼女はいつの間にユリアスとこれほど仲良くなったのでしょうか……?
あのパーティー以来、ユリアスと私は密かに手紙のやり取りをしていました。原作の知識を活用しながらユリアスの好みそうな話題を綴り、彼からも甘ったるい文句が途切れず届いていましたので、てっきり攻略は順調だと思っていたのですが。
……この男。
さてはエリシャとも同時に文通していましたね。
「フラウちゃんが出席するお茶会に突撃するつもりですって伝えたら、ユリアス様も一緒に行きたいと言って聞かないんですもの」
「その通りだ。私たちはそなたに会いたくてここまで来たのだぞ。フラウ、もっとその美しい笑顔を見せておくれ」
ユリアスに言われて仕方なく、私は小首をかしげながらにっこり微笑んで見せます。
「そう言っていただけて、とても光栄です。皇太子殿下。それにエリシャさんも」
「フラウちゃんっ……か、可愛い……尊いっ……!」
「はっはっは。エリシャ、そなた大丈夫か?」
興奮して身をくねらせるエリシャに、相変わらず上機嫌なユリアス。
ユリアスの機嫌がいいのはわかります。エリシャの両腕に挟まれて、あのふっくらしたマシュマロのような胸元がさらに盛り上がっていますもの。色ボケ皇太子にはたまらない光景でしょう。私にも、あのように恵まれた肉体があればよかったのですが。
ユリアスとエリシャ。
二人掛けのソファに並んで腰掛けた姿はまるで婚約者同士のよう。少なくともオーリアたちの目にはそのように映っていることでしょう。
どうやら私はヒロインに先を越されてしまったようですね。
なんとしても皇太子を攻略しなければならないのに。
──愛するお兄様のために。
「ところで、オーリアちゃん」
「は、は、はい! なんでしょうか、エリシャお嬢様」
「少しの間、殿下のお相手をお願いしてよろしいかしら?」
「はい、かしこまりまし……………えぇぇぇ⁉」
「ふふふっ。よろしくね」
言うなり、ぱっと立ち上がるエリシャ。長い紫の髪が花のように広がります。
跳ねるような動きで私の隣に立つと、彼女は私の手を取りました。
「ちょっと二人でお散歩しましょ、フラウちゃん♪」
澄み切った空にエリシャの鼻歌が響きます。
春の陽気に照らされた子爵邸の庭を二人でそぞろ歩きながら、私は次なる手を考えていました。
ユリアスの目をエリシャから引き離し、再び私に向けさせるにはどうしたらよいでしょうか。何か効果的な手段は……。
「ねえ、フラウちゃん」
ふいに鼻歌をやめ、エリシャが話しかけてきました。
「はい、エリシャさん」
私はにこやかに応じます。
しかし今度のエリシャは興奮することもなく、むしろ少し寂しそうな顔をしただけでした。
「………………」
大きな庭木のそばで足が止まります。
「私、ずっとフラウちゃんに憧れていたの」
「パーティーのときもそうおっしゃっていましたね」
「だから……フラウちゃんと、お友達になりたい」
「………」
原作でも、天真爛漫なヒロインのエリシャは悪役令嬢フラウに「友達になりたい」と申し出ます。皇太子をめぐって敵対するフラウは、その申し出を鼻で笑って一蹴するのですが。
現状、ユリアスの信頼を勝ち得ている彼女を敵に回すのは得策ではありません。頭ではそうわかっていますが、ストーカーじみた行動を見せる彼女と仲良くするのは危険な気もいたします……。
今の私は──
果たしてどちらを選択するべきでしょうか。
「……………でも」
答えを逡巡していると、エリシャが再び口を開きました。
風が吹き、彼女の柔らかな髪を持ち上げます。
「あなたにユリアス様を渡すことはできない」
「………!」
唐突に宣言され、思わずエリシャの顔をまじまじと見ます。
また何かの悪ふざけでしょうか。
彼女の口元は微笑んでいます。
しかし、その深い紫色の瞳はいたずらっぽく揺れることもなく、まっすぐに私を見つめていました。
「それでもあなたが、ユリアス様を諦めないと言うなら……」
また、風が吹いて。
風には花の香りがしました。
「私はいつか、フラウちゃんを殺してしまうかもしれませんわ」
最初のコメントを投稿しよう!