第16話 こちらも負けてはいられませんね

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第16話 こちらも負けてはいられませんね

「ふふふっ」  風を含んで膨らむ髪。  その髪に包まれ、幻想的なほど美しい──  エリシャの笑顔。 「なーんてね。フラウちゃんったら、そんなに怖い顔しないで?」 「………」 「お友達同士だからこそ、手加減なしの全力で戦いましょうね! っていうこと!」  「……そうですか」  いつのまにか止めていた息をついて、私はどうにか小さくうなずきます。 「あ、今『そうですか』って言いましたね!」 「言いましたが、何か」 「つまり私たちはもうお友達ということよね⁉」 「は?」 「うれしい! フラウちゃん、どうぞよろしく♡」 「え……?」 「今度おうちに遊びにいってもいい? うちにも遊びにきて! フラウちゃんに見せたいものがいっぱいあるの!」 「はぁ……」 「さあ、そろそろ戻らないと。きっとユリアス様が拗ねてらっしゃるわ!」  エリシャに手を差し出され、私は反射的にその手を取りました。  弾むような足取りに引っ張られ、二人で庭を駆けます。  ……どうしてでしょう。  小走りに駆けながら心の中で呟きます。  ──あのセリフは本来、私のもののはずなのに。  ラウンジに戻ってみると、確かに皇太子はご機嫌斜めのようでした。 「遅いぞ。二人とも」 「ももも、申し、訳、ありません……わ、わたくしなどでは、とても……」 「オーリア、そなたは悪くない。子爵家の、それもまだ十四のそなたが私を相手にするのは大変な気苦労であろう。そなたはよくやっている。それよりも、だ」  縮こまってひたすら震えているオーリア。  私とエリシャをギロリと見上げるユリアス。 「そなたたち、私を置いていくとはよい度胸だな?」  こんなことを皇太子に言われて、普通の令嬢なら『お家断絶』『国外追放』『斬首』といったワードがちらつくのかもしれませんが。  私たちの反応といえば── 「もぉ~ユリアス様ったら! お可愛いんですから~」 「私はエリシャさんに無理やり連れ出されただけですので」  というものですから、ユリアスも苦笑しておりました。二人掛けソファにユリアスを真ん中にして三人で座りましょう、というエリシャの提案によって、ものの数秒で機嫌は治ったようですが。 「ようやくそなたの瞳を近くで見せてくれたな」  お気に入りの令嬢二人に挟まれてすっかりご満悦のユリアスが、私を振り向いて言いました。  私の瞳。  淡い水色ですが、角度によってさまざまな色が浮かび上がります。 「よほどこの瞳がお気に召したようですね」 「ああ。そなたの瞳を見ていると、母上の肖像画を思い出す」 「皇后様の……?」 「残念ながら、実物を見たことはないがね」  そう言ってユリアスは寂しそうに笑います。  皇后はユリアスを生んですぐに亡くなっています。  以来、彼は皇帝の血を引くただ一人の世継ぎとして細心の注意を払って育て上げられました。そこに母を思わせるような深い愛情が介在する余地はなかったと思われます。  だからこそ、女性的なものに対する憧れが人一倍強いのでしょう。彼が惹かれるのは慈しみや、屈託のない愛情、美しい肉体、母の肖像画に似た瞳……。 「私など、皇后様の足元にも及びませんわ」 「いや」  私が目を伏せると、ユリアスは焦れたように覗き込もうとします。 「絵画などより、現実のそなたのほうが美しいに決まっている。こうして目の前にいるほうが、どんなに……」  ……その気持ちはよくわかります。  前世の私はノイン様のイラストを眺めることで十分に満足していました。しかしこの世界に来て実物のお兄様を見てしまった今となってはもう、その頃に戻ることはできません。  目の前に存在し、触れることができる。  これほど尊いことがあるでしょうか? 「……………」  じーーーーーーーーーーーーーっ。  ユリアスを見つめ返そうとした私の目に、ふと映り込む紫の瞳。  私はそそくさとまた下を向き、紅茶を取り上げて飲みました。  目の前にいると非常に厄介──  ということもまた、あるようですね。  それから間もなくオーリアは緊張からくる疲弊が限界に達したらしく、ぱったり倒れてしまいました。  お茶会はそれでお開きとなり、それぞれ馬車に乗って帰途につきます。皇太子付きの近衛騎士たちもいますのでかなり物々しい道中ですが。  馬車の中で私は考えていました。  この物語は果たして、どこまでこの物語なのでしょうか……?  私が皇太子の誕生パーティーに出席したことで、すでに原作ルートからは脱線しつつあります。まだ何かが大きく変化したわけではありませんが。  変わったとすれば──  ヒロイン。  エリシャはすでに物語の枠を超えています。原作と違ってかなり私に執着していますし、行動や言動もまるで予測できません。  それに── 『私はいつか、あなたを殺しちゃうかもしれませんわ』  あれは悪役令嬢として覚醒したフラウが、エリシャに向かって宣戦布告するときのセリフ。つまり原作では私のセリフなのです。  それがなぜエリシャの口から発せられたのか……?  わかりません。  まさかヒロインである彼女が悪役令嬢ルートに入りつつあるということ?  そんなことがあり得るのでしょうか。  ……いずれにせよ。  窓ガラスに映る自分の顔をそっと指でなぞります。  負けるわけにはまいりません。  私はフラウ。  フラウ=フレイムローズ。  私こそが最凶にして、無敵の悪役令嬢なのですから。
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