第17話 あなたにすべてを捧げます

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第17話 あなたにすべてを捧げます

 皇太子殿下は二輪の美しい花を愛で、そのどちらを選ぶか迷っておられる──  子爵邸でのお茶会のあと、そのような噂が広まりました。さらには私とエリシャのどちらが皇太子妃となるか賭けまで行われているようです。貴族のみなさまはよほど暇でいらっしゃるようですね。  私宛の招待状もますます増えています。本日など、うずたかく積みあがってどこから手をつければよいか迷ってしまうほど。  全体の一割ほどはラベンダー色でハート型の封蝋がついた封筒なのですが……。  返事が追いつかず、リオンにも手伝わせることにしました。 「姉様、こちらのお手紙にはなんとお返事しますか?」 「どなたから?」 「ええと、ロッツ男爵家のベレッタ様です」 「ああ、ロッツ家の奥方ね。確か絹の取引で成功している……それに自らドレスのデザイナーをなさっているとか。リオン、喜んで出席しますとお返事して」 「はい、姉様」  うなずいて、リオンはさらさらと筆を動かします。  さっき書き方を教えたばかりですが早くも手慣れた様子。さすが私の弟ですね。 「この紫の手紙はどうしますか?」 「…………それはあっちへ」 「なんかもう棚がはちきれそうですけど……」  ぱんぱんになった棚に封筒を押し込むリオン。と、ついに限界を超えたのか、手紙の山が崩れました。リオンが悲鳴とともにラベンダー色の封筒に埋もれていきます。私はそれを見なかったことにして、目の前の仕分けに集中しました。  ようやく最後の一通まで仕分けが終わったところに、別の仕事をしていたミアが戻ってきました。 「ああ、ミア。いいところに──」 「フラウお嬢様」  と、彼女の顔が強ばっていることに気がつきます。  ミアは体の前できゅっと拳を組み合わせ、首を垂れました。 「お館様がお呼びです」  うれしいうれしいうれしいうれしいうれしい──‼  内心では歓喜のあまり全力で飛び跳ねながら、しかし見た目はあくまでも静々と、お兄様の執務室へ向かいます。  ミアは不安そうに私を見ています。私がお兄様に呼び出しを受けるなど初めてのことですから、心配してくれているのでしょう。  ああ、それにしてもうれしい。  次にお会いできるのは夜会か、それとも月に一度の家族晩餐会かと思っていましたから。 「フラウお嬢様をお連れしました」  部屋に入ると、机で書き物をしていたお兄様が顔を上げ、睨むようにこちらを見ました。  あまりにも鋭く美しい目つきに私は見とれ、ミアは恐怖ですくみ上がっています。 「お前は下がっていろ」 「……は。失礼いたします」  ミアが消え入りそうな声で答えて退室すると、お兄様は私に座るように言って、飲み物やグラスが置かれた戸棚に向かいました。  私はソファに腰を下ろして部屋を見まわします。  壁を埋め尽くす分厚い書物の数々。暖炉の上にかけられた重厚な油絵。奥に据えられた立派な執務机……。ここが、お兄様が多くの時間を過ごされる場所なのですね。  やがてテーブルに水の入ったグラスが置かれました。 「ありがとうございます。お兄様」 「なかなか精力的に動いているようだな。フラウ」  正面のソファに腰掛けたお兄様がブランデーの入った自分のグラスを掲げます。  私は微笑んでグラスを取り上げ、乾杯しました。 「今までがのんびりしすぎていたのです。でも、その分は取り戻してみせます」 「ふむ。頼もしい限りだ」 「目標がありますから」  そう言ってお兄様を見つめます。  お兄様はブランデーを口に含みながら、唇の端に笑みをにじませました。  ……眼福すぎて爆発しそうです。 「お前が皇太子妃となれば──」  コツンとグラスをテーブルに置き、 「皇帝を殺し、私はこの帝国を手に入れる」  当たり前のように淡々とおっしゃいます。 「ええ。そうですね」  私も当たり前のようにうなずきます。  そう。お兄様は帝国を手に入れ、そして──  私はお兄様を手に入れる。 「……だが、カトリアーヌ嬢は手ごわいぞ」  言いながら、お兄様は初めて苦い顔をなさいました。  原作の展開は知らずとも、ヒロインであるエリシャの脅威に気づいていらっしゃるのでしょう。  原作のフラウは彼女を上回ることができなかった。  皇太子ユリアスはエリシャを選んだ──  でも。 「近いうちに王宮で舞踏会が開かれるそうだ。殿下は今のところお前とカトリアーヌ嬢、どちらと踊るか決めかねている」 「ご心配には及びません」  笑顔できっぱり申し上げると、お兄様は少し驚いたように私を見ました。  ふふ。お兄様を驚かせることができるなんて、なんだか誇らしいですね。  ──確かに私はエリシャのような豊満な体ではありません。あのような天真爛漫さもなければ、ヒロイン補正の後光だって差していない。  ですが、私には覚悟という武器があります。  お兄様のためにすべてを捧げ、どんなことも躊躇せず実行するという強い覚悟が。 「殿下は私を選びますわ」 「……自信家になったものだな」 「ええ。自信のない女に魅力はありませんもの」  私はそう言ってソファにもたれ、指に銀髪を絡ませました。くるくると巻きつけたそれを、今度はゆっくりと解いていきます。 「ところで……お兄様は、その」 「ん?」 「誰かと……踊る予定は、おありなのですか……?」  こほん、と咳払いします。  いえ絶対にそんなことありえませんしお兄様に近づく女は私が全員排除するのですけれど。  でも一応、念のため、確認だけはしておきませんと……。  上目遣いにじっと見つめると、お兄様は案外あっさりとうなずいて、 「ああ。予定ならある」 「………‼」  思わず、私は撃たれたような顔になります。指からほどけた銀色の束。お兄様はそれをすくい上げるように持ち上げ──  私の髪にそっと唇をつけました。 「お前が二番目に踊る相手は、誰だと思う?」
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