001『メモ』

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001『メモ』

部署異動により会社のナンバーワンの営業成績をもつ先輩の下について仕事をすることになった。 先輩は古いタイプの人間だった。 打ち合わせ、交渉は必ず対面で行う、資料は必ず紙媒体で用意をする、打ち合わせ中はパソコンを開かずに、必ず相手のことを見て大事なことは必ず紙にメモをとる。 今時、打ち合わせはビデオチャットやメタバース内が当たり前だし、議事録はパソコンを使って打ち込むことも古い、スマートウォッチから音声を取り込みクラウドにテキストデータに変換するのが普通だった。 それらは全て先輩との仕事では禁止だった。 『営業は人と人のぶつかりあいだ、人の心がなきゃ絶対にできない仕事だ、アンドロイドがどんなに優秀になっても営業は人がやる仕事だ!あとな、文字には人間性が出る、丁寧な文字を書く人間は丁寧な仕事をする、いいか、メモは大事だ!」 古臭いが、熱い人なんだなと思った。 その熱意が、営業成績に繋がっているんだと思い、俺は先輩の教え通りにやることにした。 先輩と一緒に仕事をするようになって数ヶ月、先輩はどんどん業績を上げていく。確かに先輩のいう通りなのかもしれない。打ち合わせや交渉を終えると、先輩は俺にメモを必ず提出するように言われていた。今日の打ち合わせのメモを提出すると先輩は 『おう、ありがとう。だいぶ良いメモを書けるようになったな。初めは大事な部分が抜けていたりしていたからなぁ』 確かに先輩は優秀だったが、何個か気になることがあった。 数ヶ月仕事を一緒にやっているが、あまりにも営業成績が良すぎる、そして、いくら人と人との繋がりが大事だからと言っても、議事録や書類を手書きのメモだけで行うのはやっぱり非効率だ。 『大事な部分』が抜けないようにしっかりデータで残しておくべきだと思った。 『大事な部分』・・・・・・・・ 俺は次の打ち合わせの時に少しメモに細工をした。 カーボン用紙。昔、複写をするために使ったものだ。 紙と紙の間にカーボン用紙を挟み、上の紙にメモをとると下の紙にコピー、複写される。 おそらく人間が『コピー』という行為を始めた頃の原初に近い手法だった。 俺はいつもメモを必死に書いていて、内容はよく覚えていなかった。 書き終わっても先輩にメモを渡していたので詳しい内容はわからなかった。 打ち合わせを終え、会社に戻り先輩にメモを渡した。 『おう、ありがとう・・・今日のは一段としっかり書いてきてくれたな、ご苦労様』 先輩が帰ったあと、俺はコピーしたメモを確認した。 メモを何回も読み直し、先方に提出した書類も何度も見直した。 ・・・・・・・・ 俺は次の日、上司にそのメモを渡した。 数日後、先輩は横領などの疑いで会社を解雇された。 先輩は『大事な部分』の証拠を残さないために、データを残していなかったのだった。
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