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やがてリビングのドアが開き、車いすに乗った利発そうな少年と、その車いすを後ろから押してメイド服姿のアンドロイドが入って来た。
教授にうながされ、史郎が宮下と松田に自己紹介をした。
「古枝史郎です。お世話になります、よろしくお願いします」
年齢相応の、素直そうな少年らしい口ぶりに、松田はにっこりと笑って握手をした。
「こちらこそ、しばらくお世話になります。困った事があれば何でも言って下さい」
史郎はかすかに笑みを浮かべながら松田に言う。
「はい。でも、おにいさんたちの出番はないと思いますよ。マリアはとても優秀なんです」
古枝教授がアンドロイドに向かって言う。
「マリア、こちらのお二人の情報を記録しなさい」
「はい、旦那様」
若い女性の声で、しかし抑揚に乏しい口調で、マリアという名のアンドロイドがまず宮下の前に立った。
宮下は目を見張った。確かによほど近くに来ないとロボットだとは気づかない程人間そっくりの外観だった。黒いストレートの髪が肩のあたりまで垂れ、肌は白く艶がある。その目だけが、はっきり作り物と分かる。ガラス玉で作った人形の目のようだ。
マリアが宮下に向かって言った。
「失礼いたします。スキャンしますので、しばらくじっとなさっていて下さい」
マリアの目がかすかな光を放ち、宮下の全身を隅々まで見渡して行く。それが終わるとマリアはまた宮下の正面に立ち、宮下に問いかけた。
「お名前は宮下様。人間の女性。属性は史郎ぼっちゃまのお友達。間違いございませんでしょうか?」
宮下は少しうろたえながら応える。
「ええ、間違いないわ。よろしく。ええと、マリアと呼んでいいのかしら?」
「はい、マリアとお呼び下さい」
そしてマリアは松田の側に行き、同じようにスキャンし始める。古枝教授が宮下の横に来て言った。
「こうやって相手の外見を記録するんだよ。君たちはマリアQにとっては、言わば知っている人間になったわけだ」
宮下は首を傾げて尋ねる。
「何と言うか、その辺りはもっと先進的かと思っていました」
「マリアQは完全スタンドアローンなんだよ」
マリアとのやり取りが澄んだ松田が横から口をはさむ。
「スタンドアローンとはどういう事ですか?」
「普段はインターネットなどのネットワークからは完全に遮断されているという事だよ。自立型AIを搭載しているとは言え、普段からネットにつながっているとハッキングやコンピューターウイルスの危険があるからね」
「なるほど。しかし、それでは記録できる情報量が限定されるのではありませんか?」
「その通りだ。マリアQの視覚カメラや聴覚センサーなどの情報を全て記録するにはメモリーの容量が足りない。そこでマリアQのAI回路には特別の処理がしてある」
「それはどのような?」
「周囲の人間から必要な追加情報を得て、いわば人間関係を学習していくわけだね。ボディの大きさに限界があるので、情報処理や記録に使えるメモリーの容量が限られる。言うなれば、アンドロイドと周囲の人間が一緒になって協力しながら、ロボットとしてのソフトウェアの性能を向上させていく。この点が今回の開発計画の最大の目的なんだ」
宮下が教授に尋ねる。
「どうして女性型にしたんですか?」
「外見については事前に実験をしたんだよ。様々な年代、男女、その他の要素を人間の被験者でテストした結果、こういう20歳ぐらいの女性の姿が一番抵抗がなかった。特に小さな子どもたちはこういう外見が一番安心するようだ。将来量産されるようになったら、保育園などでの運用も期待されているからね」
それから4人はテーブルの周りの席に戻り、古枝教授がマリアQに紅茶を淹れるように命じた。自慢げな笑顔で教授は宮下と松田に言う。
「どれほど動きが自然か、百聞より一見にしかずだ。見ていたまえ」
マリアQが大きなポットに紅茶の茶葉を量って入れ、お湯を注ぎ、カップに注ぐ。やや直線的な体の動きだったが、驚くほど手際よくカップ4杯分の紅茶を用意し、各自の前に置く。
その滑らかな動きを見て、宮下と松田は思わず手を小さく叩いた。
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