哀、ロボット

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 それから一日、マリアQは史郎の生活の面倒をつきっきりで手助けし、宮下と松田はつかず離れずの位置でそれを見守った。  午後になって、史郎が散歩に出たいと言い出した。冬も終わりに近づき、よく晴れた日で、気温もその時期としては高かった。  先に家の外へ出た宮下が気候を確かめると、春が一足先に訪れたかのような温かい空気だった。これなら史郎の体に障る事もないだろうと判断した宮下は外出を許可した。  マリアQが史郎の乗る車いすを押して、ゆっくり道路を進み近所の河川敷に向かって行く。宮下と松田はそのすぐ後ろから歩いて行く。  河川敷に降り、陽の光で温まった空気を楽しみながら、史郎が自分で車いすのホイールを回し、動き回る。マリアQはぴったりとその側に張り付いている。  急に史郎が動きを止め、少し離れた位置に目を凝らした。橋げたの下で、一人のホームレスらしき老人が3人のガラの悪そうな若者に囲まれていた。若者たちはニヤニヤ笑いながら地面に這いつくばった老人にからんでいた。 「おいおい、邪魔なんだよ、じじい」 「誰に断ってここに住んでんだよ? ああ?」 「何だよ、その面は? てめえらみたいなのが人間のうちだと思ってんのか?」  マリアQは何の反応も示さず、じっと立っている。騒ぎの場所へ足を踏み出そうとした宮下を史郎が手で制止した。 「待って、おねえさん。マリアにやらせてみる」  困惑の表情を浮かべて立ち止まった宮下にかまわず、史郎はマリアQに言った。 「マリア、あのおじいさんを助けるんだ」  マリアQは顔を史郎に向けて言う。 「命令の理由を説明願います」 「ロボット工学3原則にあるだろう? 第1条」  マリアQの目に小さな光の束が円状に走る。マリアQが言葉に出して言う。 「ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。これが適用される状況だという事でしょうか?」 「そうだよ、マリア。あのおじいさんだって人間なんだから助けなきゃ」 「命令の内容を理解しました。命令を実行します」  マリアQはたちまち走り出し、老人と若者たちの間に割って入った。老人を背中にかばう格好で立ち、若者たちに告げる。 「暴力はおやめ下さい」  若者の一人がマリアQに向かって毒づく。 「何だ? ねえちゃん、てめえも痛い目に遭いてえのか?」  だがすぐにマリアQが人間ではない事に気づく。 「はあ? おい、おまえら、こりゃロボットだぜ」  他の二人の若者も笑いながら言う。 「え? ほんとかよ? 面白れえじゃねえか」 「ロボットが人間様に盾突きやがって」  若者たちは拳を振り上げ一斉にマリアQに襲いかかろうとした。が、マリアQは紙一重の差で彼らの攻撃をかわし、肩透かしを食らった若者たちは態勢を崩して自分たちが勝手に転んでしまう。  若者の一人が近くにあった太い棒を見つけて、それを振りかざし、マリアQに叩きつける。マリアQは両腕をクロスさせて棒を受け止めそのまま押し返した。棒を握った若者は簡単に後ろへ押し返された。  その様子を見ている松田が不審そうに言う。 「どうして反撃しないんだ? パワーならマリアの方が圧倒的だろう」  それには史郎が自慢げな顔で答えた。 「ロボット工学3原則、第2条。ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。僕が出した命令は、あのおじいさんを助けろですからね。あの人たちも人間ですから傷つける事はできないんですよ」  宮下が感心した口調で言う。 「なるほどね。でもこれ以上続けるとマリアの方が心配ね」  宮下が駆け出し、若者たちとマリアQがもみ合っている側へ行き、若者たちに向かって叫んだ。 「そこまでにしなさい!」  若者の一人が宮下をにらみつけて怒鳴る。 「何だてめえは? またロボットか?」  宮下は上着の内ポケットから警察手帳を取り出し、縦に二つに開いた。 「私は警察官です。これ以上続けるというのなら、近くの警察署まで同行してもらう事になるけど」  若者たちは真っ青な顔になり、あわてて走り去って行った。宮下がかがんで老人の様子を確かめる。 「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」  老人は地面に座ったまま、ほっとした表情で答えた。 「いや、助かったよ。ああ、そっちのおねえちゃんもありがとうよ。あんた、ずいぶん強いんだな」  だが、マリアQは老人に返事をしない。老人が怪訝そうな顔になる。
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