哀、ロボット

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 宮下が研究室に入って来た時、渡は机の固定電話の受話器に向かって不機嫌丸出しの声でがなり立てていた。 「なんで私のチームがそんな仕事を引き受ける義理があるんですか? はあ?  来年度の補助金って、それは学長の都合でしょうが!」  宮下が自分のデスクにバッグを置きながら他の面々に視線をやると、みな苦笑しながら唇に人差し指を当てて、声を出さないようにと合図した。渡がどうやら言いくるめられたようだった。 「分かりましたよ。やればいいんでしょう、やれば。ただし講義の時間は減らしてもらいますよ。教務部にはそっちから話つけといて下さいよ。はい、それでは」  乱暴にガチャンと受話器を置いて、渡はしかめっ面で言う。 「宮下君、松田君、ちょっと来てくれ」  宮下と松田が渡の机の前に行くと、渡はノートパソコンの画面を示しながら相変わらず納得がいかないという憮然とした表情と口調で告げた。 「新しい依頼が来た。今回も護衛だそうだ」  松田が興味津々の顔で尋ねる。 「それで護衛対象はどういう人物でありますか?」  渡が画面を指差しながら言う。そこには十代前半らしい少年が、車いすに乗った姿で映っている。 「古枝(ふるえだ)史郎(しろう)、13歳。ロボット工学の権威、古枝教授の一人息子だ。とある実証実験の被験者だ」  松田が画面に顔を近づけてうなずく。 「実証実験というのは何でありますか?」  渡が画面を切り替えた。そこには黒いロングスカートと白いエプロンドレスを合わせた、いわゆるメイド服姿の若い女性が映っていた。渡が言う。 「これはマリアQ 、古枝教授のチームが開発した人間の生活を支援するためのアンドロイドだ」  宮下と松田がそろって驚愕の声を上げた。宮下が画面を食い入るように見つめながら訊いた。 「これがロボット? 人間と見分けがつかないような」  渡があごひげをしごきながら言う。 「そこが売りなんだそうだ。だが完成したばかりだし、プロトタイプなので、実際に人間の役に立てるかどうか実験してみる必要がある。一方、教授の息子さんは幼い頃にかかった病気のせいで下半身不随になっている。このマリアQに史郎君の世話をさせて実証実験をしようというわけだ」 「なるほど」  松田が理解できたという口調で言う。 「自分たちは、この少年、史郎君の護衛をするわけですね。ですが、何者かに狙われる危惧があるのですか?」  渡の返答に、宮下と松田は再び驚きの声を上げさせられた。 「君たちが護衛するのは史郎君の方ではない。このマリアQというアンドロイドを護衛してくれという依頼なんだ」
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