1.金曜日のカフェ・モカ

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 鷲橋先輩はスイーツも頼まず、つまらない顔でカフェ・モカを飲んでいる。  せっかく映える写真が撮れるカフェに来たのに、写真の一つも撮らないなんて、テーマパークでイジケている子供みたいじゃないか。世間に染まらない“私”と思ってるのかもしれないが、私に言わせれば、むしろ子供だ。私より一歳歳上のくせに。  だいたい、鷲橋蘭子っていう名前。名字で韻踏んでしまってるじゃない。私と丸山さんが陰で先輩のこといじるとき、なんて呼んでるか知ってる?  DJイーグルって読んでるんだよ。超ダサいでしょ。最近はめんどくさいからイーグルって呼んでるけど。  なんか、カフェ入ってから機嫌悪そうだから、さっき前髪褒めたら満更でもない顔してた。おもろ。  それにしてもさっきは、はしゃいで写真撮ったけど、この黄色い飲み物まずっ。なんなのこれ。丸山さんのピンクのも見てたら気持ち悪くなってきたというか、まずさが脳髄にくるわ。ピンクはピーチ味って書いてたけど、この黄色のイエローアップル味ってなんなの? 確かにりんごの中身って黄色っぽいけどさ、全然りんごの味しないんだけど? まだピーチのほうが良かったわ。  でもホント丸山さんって、こういうとき真っ先にピンクのもの注文するよね。脊髄反射みたいに。ピンクに親でも殺されたのかってくらい。いや、逆か。ピンクに川で溺れてるとき助けられたくらい、好きだよね、ピンク。私も同じの頼みたいときあるけど、なんか気使って別の色頼んじゃうんだよね。写真的にも色違いのほうが映えるし。  はぁ、映えるって大変。  でも、だからといってイーグル先輩みたいに露骨に流行りに逆張りして、陰でババア扱いされたくないし。  しかもまだ、あの人二十八歳とかなのに。アナウンサーとかアイドルだったら、まだお母さんと普通に買い物行きますとか、言ってる年齢だよ。フレッシュだよ。先輩はコーヒーフレッシュも絞らない。かわいそ。絶対、モテない。いや、コーヒーフレッシュは、モテるモテないに関係ないか。  そもそも今まで彼氏いたことあるのかな?  うわ、恐くて聞けないわ。万が一、いたことない、とか言われたらどんな顔したらいいのか分からないし。かと言って、いたことないのに、いてるとか嘘ついてても耐えられない。あのくらいの顔の処女が一番恐いよ。でも知りたいなー。丸山さん、空気読まずに聞いてくれないかな。でも少なくとも雰囲気的に今はいないだろうな。  いない、ってわかったときは「えー、先輩モテそうなのにー」って眉をしかめればいいんでしょ。得意得意。  ん? 丸山さんが、ドンッとテーブルに手をついて立ち上がったけどどうかしたのかしら。このピンク美味しくない、とか言うんじゃないでしょうね。悪いけど、私のこの黄色いのも負けてないからね。 「ねぇ、鷲橋さん! 門倉さん! このまま帰るのももったいないし、カフェ出たらジムいきましょうよ!」  でたよ、丸山さんのジム行きたい病。というか、まだ三回くらいしか行ってないけど。こいつ結局、自慢の胸と尻を合法的に強調した服着てSNSにあげたいだけじゃねぇのかよ。あいにく、私どっちもないから、つまんねんだよ。一緒に撮ったらスタイルの差歴然だし。 「門倉さん! 行きますよね?」  丸山さんは、大きな瞳でギロリとこちらを見てくる。別にこのあと予定もないので、渋々承諾の返事をする。前、ルームランナーで走ってた中肉中背のイケメン来てるかな。それだけがモチベーション。  こういうとき、鷲橋さんも来てくれたらいいのに、絶対来ないからな。  でもそれなら、なんでカフェはオッケイなんだろう。境界線なんなんだよ。あぁ身体の境界線出るのが嫌なのか。今や、ジムとかヨガって身体の境界線出す場所みたいなイメージあるし。いや、言い過ぎか。でも、いつも鷲橋さん、身体の境界線出ない服着てるイメージあるし、結局は自信ないんだろな。  はぁ。でも私も行きたくないな、ジム。帰りたい。逃げたいな、鷲橋さんみたいに。 「鷲橋さんも行きます?」 「ごめん、私先帰るわ」  やっぱり。無垢な丸山さんの申し出を、凛とした顔で食い気味に断る鷲橋さん。ノリ悪いなぁ。でも伝票持っていってくれた。やった、今日も奢りだ。助かるー。でも、ジム代かかってないし、そもそも先輩なんだから、これくらい当然よね。  私は重い腰を持ち上げて、ふとテーブルを見た。丸山さんの飲んだピンクの飲み物。少し残ったピンクの液体に氷が混じって薄ピンクになっている。  奥には鷲橋さんが飲み終んだカフェ・モカ。カフェにもモカにも属さない私は、今日も黄色い気分のふりしてジムに行かないといけない。本当は黄色くなんかないのに。
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