其の六 迷宮の出口

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 ここで張り込む理由がなくなったとなると、初名は急にそわそわし始めた。 「あの……私、ここにいて大丈夫なんでしょうか? 出入り禁止ですよね」  堂々と辰三に着いて入ってきたくせに、今更怯え始める初名を、辰三も弥次郎も呆れて見ていた。 「何言うてんねん。ここまで来といて……」 「別にええやろ。そんなことにいちいち目くじら立てとるほど暇ちゃうからな、あいつは」 「ああ……世話役ってそんなに大変なんですね」 「いや、迷子になってそれどころやないっちゅう意味やで」 「ああ……」  風見だけでなく、弥次郎や辰三の苦労までも窺える発言だった。  言葉を無くしていると、弥次郎はそんな初名の顔を窺うように覗き込んだ。 「なぁ、風見が言うたこと、理不尽やと思うか?」 「風見さんが言ったこと……出入り禁止のことですか? いいえ」 「そうか。良かった」  弥次郎が目に見えてホッとした表情を見せた。少し珍しい。 「あいつも、キミが憎くて言うたんとちゃうからな。そこ誤解して、もう来んようになってしもたら悲しいと思たんや」 「それは何となくわかります。風見さん、ここの人たちのことをすごく大事に思ってるんですよね。百花さんへの接し方を見て、そう思いました」 「そうやな。あいつは……ここの世話役で、この横丁を作った|者≪もん≫やからな」 「だとしたら……この横丁皆のお父さんみたいな人ですか?」  初名のその言葉に、弥次郎も辰三も苦虫を噛みつぶしたような顔をした。 「それは不本意や」 「あんなん親父やない」 「わ、わかりました。すみませんでした……」 「でも、まぁ……あいつ自身は、そう思てるかもな」  弥次郎がそう言うと、今度は、辰三も頷いた。 「僕ら皆、風見さんに呼んでもろたようなもんやしな」 「……”呼んだ”?」  初名が尋ね返したのとほぼ同時に、琴子が皿を持って卓の前に立った。 「はい、お団子お待ちどおさま……なに、風見さんの話?」 「そうや。俺ら皆、風見に呼ばれて集まったっちゅう話や」 「そうやったねぇ。うちらなんか、死んだばっかりで右も左もわからんかったところを、いきなり『俺らの近くに店出したらええわ』なんて言われて、そらびっくりしたもんやったわぁ」  随分と、唐突な申し出だ。その時の状況を知っているのか、弥次郎も辰三もクスクス笑っていた。 「弥次郎さんも辰三さんも、そんな感じなんですか?」 「俺か? 俺は……俺の持ち主やった奴を探してたんやけど、もうとうに死んどるて風見に言われて気付いてな。途方に暮れとったら、腰落ち着けるのにええ場所があるて言うて、連れてこられたんや」  次に辰三の方を向くと、辰三は少し肩をすくめて、ぼそぼそと喋った。 「僕は人の紹介やな。でも僕を拾ってくれたその人は、絶対に信用出来る男や言うて、風見さんに引き合わせてくれたわ」 「へぇ……やっぱり、器が大きいんですね」 「まぁ狭量ではないな」 「そうや。清友さんに聞いたことあったわ。風見さん、色んな土地で同じようなことしとったって」 「清友さん? 清友さんに会ったことあるんですか?」  「露天神社の撫で牛さんやろ? キミこそ知っとったんか」 「撫で牛……」  そう聞いて、ようやくすべてが腑に落ちた。初名のことをよく知っていたことも、境内で起こったことを収めてくれたことも。 「まだここが閉じる前は、よう会うとったわ。風見さんと清友さんは兄弟みたいなもんやしな」 「そ、そうなんですか?」 「そう聞いてるで」 「なんせ二人とも……いや、”二人”は変か。”二頭”とも、あの菅公にそれは可愛がられとったらしいからな」
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