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「何処行くんだよ」
俺も負けじと睨み上げると
「そんなの、仏壇の扉を閉めに行くんだよ」
と『それが何か?』という顔をされてしまう。
「必死か!」
「海は嫌なのかよ!」
俺のツッコミに、ノラの真剣な声が重なる。
思わず俯くと、ノラの足が一歩前に踏み出された。
「だから、ちょっと待ってくれ!」
思わずノラの両足に必死にしがみつと、ノラが慌ててスエットのパンツを押さえた。
「海、脱げるから!」
「でも、離したら仏壇の扉閉めるんだろう?」
「そんなに僕とするのが嫌なの?」
ノラの両足を掴む俺と、仏壇の扉を閉めようとするノラ。
ぶっちゃけ、別に仏壇の扉を閉めなくても良くないか?と一瞬脳裏を過ぎったが、ムキになっているノラにつられて俺もムキになっていた。
しばらくの攻防の後
「僕は海が大好きだよ。だから海を抱きたいって思っているし、僕が海をグズグズになるほど甘やかしたいって思っている」
ノラが真顔でそう呟いた。
俺はそんなノラを見上げ
「……俺、恋愛経験無いし。付き合った事も無いから、いきなりすっ飛ばされると……戸惑う」
ポツリと呟いた。
するとノラはカッチーンと音が鳴る程に固まり
「恋愛経験が……無い?」
と呟いた。
俺が恥ずかしくなって俯くと
「じゃあ……さっきのキスって……」
そう言って、ノラが口元を手で覆った。
「ファーストキスだよ!悪いか!」
真っ赤になって叫ぶと、固まっていたノラが今度は頭を抱えて蹲ってしまう。
「お前にとっては挨拶みたいなもんだろうけど、俺にとってはキスだって大事なんだからな!」
唇を尖らせながら呟く俺に、ノラが手のひらをこちらに向けて待ったをかけた。
「ごめん、それ以上言わないで。今、物凄く自己嫌悪してるから、それ以上言われたら立ち直れない」
「え?」
ノラの言葉に驚いていると、ノラは頭を両手で抱えた後
「あ~~~!」
と叫び出したかと思うと、突然真顔に戻って立ち上がり
「頭、冷やして来る!」
そう言って、縁側へと足早に去ってしまう。
『ガラガラ~ピシャン』
と、大きな音を立てて縁側へと出る窓を開け閉めして外に出た。
そして再び
「あ~~~!」
と叫んで頭を抱えると、その場に蹲ってしまう。
俺はグツグツと煮えたぎる鍋が置かれたガスコンロの火を止め、すっかり冷えてしまった取り分けたすき焼きの具材を見つめた。
「黒毛和牛だったんだけどなぁ~」
ポツリと呟きながら、少なくなってしまったすき焼きの割り下を足してノラの居る縁側に視線を送る。
もう一度ガスコンロの火を付けて、片側だけ色の染まった焼き豆腐をひっくり返しながら、縁側で項垂れて座るノラの後ろ姿に視線を送った。
足した割り下のせいで、温度が下がっていたすき焼きが再びフツフツと音を立て始めた。
半分茶色くなっている焼き豆腐が、すき焼きの割り下の中で踊るのを眺めながら意を決して立ち上がる。
縁側へと続く窓をソロリと開けても、何せ築60年超えのおんぼろ平屋なもんで、キュルキュル~って軋む音が鳴ってしまう。
その音に、ノラの身体がビクリと震えた。
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