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「ノラ……」
そっと声を掛けてみても、返事が無い。
「ノラ? ノラさんや~い。ノ~ラノラノラ」
反応するまで名前を呼んでいると
「その、タマを呼ぶみたいに呼ぶのは止めてよ!」
と、ノラが頬を膨らます。
俺は丸まったノラの背中に勢いよく背中をぶつけて背中合わせに座ると
「ノラ……、今日のお肉な黒毛和牛なんだ」
そう呟いた。
「うちのすき焼きはさ、ずっとずっとず~と豚肉だったわけ。酷い時なんて、鳥肉だった事もあったな。鳥肉で食べるすき焼きって、もはやすき焼きと呼べるのか?って話だよな」
乾いた笑いを浮かべて話す俺に、それでも黙って俯いているノラに
「そんな我が家が、牛肉!しかも黒毛和牛を出すって、天変地異が起こるくらいに凄い事なんだ」
と言いながら、ノラの背中に思い切り体重を乗せてやった。
「だから、天変地異が起こったんだって思うからさ。一緒にすき焼き食べないか?」
「…………」
「ノラ? それとも、拒んだ俺の事が嫌いになった?」
そう呟いた俺の言葉に、ノラが頭をブンブンと横に振る。
「なぁ……ノラ。もし、お前が本当に俺とずっと一緒に居てくれるなら……。その覚悟が本物なら、俺はいつだってお前の好きなようにしてやる」
「海!」
薄茶色の瞳が大きく見開かれ、俺の顔を凝視している。
「だからさ、その時はお前の本当の名前とか……その他、お前の事を色々教えてくれよ。ちゃすけだって、もう名前があるんだからさ」
「海……ごめん」
悲しそうに揺れる瞳から、涙が零れ落ちた。
俺は小さく背中を丸めたノラの身体をそっと抱き締めると
「覚悟が出来た時で良い。だからさ、今は一緒にすき焼きを食べてくれないか?さすがに一人じゃ、あんなに食べきれないからさ」
そう呟いた俺に、ノラが何度も何度も頷いた。
ノラの涙が落ち着いた頃、二人ですき焼きをつついた。
最初に取り分けた具材は、すっかり冷えてしまっていたけれど……。
それでも、二人で食べたすき焼きはめちゃくちゃ美味しかった。
追伸
慣れない食べ物を食べたせいか、俺はに2~3枚食べただけで気持ち悪くなり、結局、翌日に豚肉ですき焼きリベンジを果たした。
(もちろん、残りの和牛はノラが美味しく全部平らげました。)
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