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ノラが……消えた
それは、すき焼きをノラと二人で仲良く食べた翌日の出来事だった。
朝、いつも通りに家を出て定時に帰宅すると、
いつもなら玄関先だけは灯りが着いているのに、何故か自宅は真っ暗だった。
鍵を開けて、建付けの悪い引き戸の玄関に入る。
すると、いつもなら定位置に座って居るはずのノラの姿が無い。
いつもなら縁側に座り、ノラは月明かりに照らされながらふわりと微笑んで
『海、おかえり』
と迎えてくれる。
それなのに、今日は縁側にノラの姿が無い。
開けっ放しの襖は、家の中にノラがいない事を一目で理解させた。
「にゃあ」
玄関で呆然とガランと室内を見ていた俺に、ちゃすけが足元に擦り寄って来た。
普段なら、ノラの膝の上に居る筈のちゃすけ。
俺は靴を脱いで室内に足を踏み入れると、足元を着いて歩くちゃすけを抱き上げた。
「にゃあ」
と小さく鳴くちゃすけの声が寂しそうに聞こえるのは、俺の勘違いでは無い筈だ。
決して広く無い6畳二間の平屋の家が、やけに広く感じてしまう。
「ノラ?」
居ないのは分かっているが、思わず声に出してノラの名前を呼んでみても、返事は返って来なかった。
呆然と立ち尽くしていると、ちゃすけが俺の頬をざらりとした舌で舐めて来て
「にゃあ……にゃあ……」
と2回鳴いた。
俺はハッとして、部屋の電気を着けてから
「ちゃすけ、ご飯だよな」
そう言って、ちゃすけを床に下ろして猫のご飯のパウチをハサミで切って、カリカリが入っていたであろう器を洗う。
水もカリカリも入れてから出掛けたのだろう。
俺は器を洗い、水を替えてちゃすけの食器置き場に並べた。
「にゃあ」
いつもなら、ご飯に飛び付くちゃすけ。
今日は俺の顔を見上げてから玄関を見つめると、ノラの帰りを待っているかのように玄関に座り込んでしまう。
「ちゃすけ、ご飯は?」
俺が声を掛けても、ちゃすけは開かない玄関を見つめている。
ちゃすけのご飯は、ノラがあげていた。
『ちゃすけ、ご飯だよ』
優しく語り掛けるノラの声が聞こえない。
ふと見た座卓に、メモが置かれているのに気付いた。
メモを手にすると
『実家に帰ります』
初めて見たノラの文字で、そう書かれていた。
(実家に……帰った?)
真っ白になった頭で、俺はノラのメモを握り締めた。
いつもなら敷きっぱなしの布団が綺麗に畳まれていて、タンスに入っていたノラの衣類が無くなっていた。
「帰ったのか……」
ポツリと呟くと、涙が溢れて来た。
「なんで?」
「どうして?」
の言葉が、頭の中をぐるぐると回っている。
昨日、あんなに楽しくすき焼きを食べたのに……。
そう思った瞬間
「俺がノラを拒否したから?」
ポツリと口から言葉が漏れた。
こんな事になるなら、「一緒に居てくれるなら、ノラの事を教えて欲しい」なんて言わなきゃ良かった。
何も言わなかったのは、言えない理由があったかもしれないのに……。
もしかしたら、知られたくなくて自宅に帰るって嘘を吐いて出て行ったのかもしれない。
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