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どんどんと湧き上がる後悔と自責の念。
「嫌だ……、ノラ。こんなさよならは、嫌だよ」
ぽたぽたと、流れては落ちて行く涙を拭いもせずに泣き崩れた。
昨夜、寝る時のノラの様子を思い出す。
いつも通りに、並んで布団に横になると
「海」
と声を掛けられた。
「ん~?」
布団に入ったら3秒で寝られる俺は、目を擦りながらノラに視線を向ける。
「手を……繋いで寝ても良い?」
薄暗い室内で、ノラの白くて綺麗な手が俺に向けて差し出された。
うとうとしかけていた俺の睡魔が、一気に覚醒する。
「え?な、な、なんで?」
「何で?って……理由が無いとダメ?」
唇を尖らせるノラに、手を出すのを躊躇ってしまう。
俺の手は……配送で手の豆が破れて再生してを繰り返したので、硬くてゴツゴツしているから恥ずかしかったのだ。
「僕と……手を繋ぐのも嫌?」
悲しそうな顔をされてしまい
「違うんだ。……その、俺の手は……ノラみたいに綺麗な手じゃないから、恥ずかしくて」
「えぇっ! そんな事を気にしてるの? お願い!何もしないから!」
上体を起こして懇願するノラに、おずおずと手を差し出した。
ノラはまるで、大切な物に触れるように俺の手に触れると
「海の手は、仕事をしている人の手だ。僕は好きだよ」
そう言って指先にキスを落とした。
「おい……」
「ん?」
「何もしないんじゃなかったのかよ」
熱くなる頬を隠すように顔を背けて、手を引っ込めようとすると
「待って! もうしない! 絶対しない!」
と必死に手を離すまいと握り締めている。
「海、お願いだから……」
縋るように言われて、俺は諦めてノラに手を握らせた。
今思えば……ノラはこの時、別れを決意していたのかもしれない。
指の間にノラの指を絡ませると、ギュッと握り締めて来た。
恋人繋ぎにドキドキしていると
「海……」
と、ノラが声を掛けて来た。
「ん~?」
眠くなってしまい、うつらうつらしているとノラが何か話しているみたいだった。
よく聞き取れないでいると
「あ……ごめん、眠いよね」
ってノラが呟いた。
もう、口も重くなっている。
眠りの中へと誘われる中、ノラの綺麗な顔が近付いて来た。
頬にノラの柔らかい唇の感触を感じたけど、もう怒る余力も残っていない。
ノラの温もりを感じながら、俺は深い眠りに落ちて行った。
その日に見た夢は、俺にしては珍しく縁側に俺とノラ、ノラの膝にちゃすけが居て日向ぼっこしているという温かい夢だった。
朝、久しぶりにスッキリと目覚めた俺を、ノラの笑顔が迎えてくれた。
「海、おはよう」
いつものように縁側に座り、ノラがフワリと微笑む。
「おはよう、ノラ」
朝日より眩しいノラの笑顔に起こされながら、目を擦る。
「今日はいつも通り?」
「うん」
「そっか。じゃあ、夕飯は18時だね」
「うん」
顔を洗う俺の背中にノラの声が追い掛けて来る。
いつも通りに一緒に朝食を取り、いつも通りにノラが玄関までお見送りしてくれた。
「行ってらっしゃい」
朝日を背中に浴びて微笑んでいるノラの髪の毛が、キラキラと黄金色に輝いていた。
思わず手を伸ばし掛けて、触れる勇気の無い俺は手を引っ込めてしまう。
そんな俺にノラは小首を傾げて微笑むと
「触って良いんだよ」
と言うと
「だから、俺も触っちゃお~」
なんて言って、ノラが俺の髪の毛をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「止めろ!」
怒ってノラの手を振り払うに、ノラは笑いながら
「照れちゃって、可愛い」
と言って俺の頬を人差し指でつんつんして来る。
今思えば、いつもよりテンションが高かった。
「もう行く!」
照れ隠しで背中を向けた俺に
「海!」
と、ノラが呼び止めた。
振り向くと、ノラは柱に頭を預けるように凭れ掛かった姿で微笑んむと
「行ってらっしゃい」
そう言って手を振っていた。
まさか、それが最後になるなんて……。
「ノラ、帰って来てくれよ……」
がらんとした空間に、俺は泣きながら呟いた。
ノラ、ノラ……
お前と過ごした日々が幸せで、1年前、俺はどうやって一人で暮らしていたのかを思い出せないよ。
ノラ……もう、お前を知りたいなんて言わないよ。
だから、お願いだから帰って来てくれよ。
「ノラ!ノラ!ノラ!」
綺麗に畳まれた、朝までノラが着ていた俺の衣類を抱き締めて叫んだ。
ノラの残り香に、胸が締め付けられるように痛む。
啓太……兄ちゃんは又、選択を間違えたのかな?
実家の住所も本名さえも知らない俺は、ノラの手掛かりが何も無い。
もう二度と会えないのだと……、俺は絶望の中に居た。
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