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もしかしたらノラは、居候している立場だから俺の性癖に気付いてあんな事をしたのかもしれない。
そう思うと、胸が鈍く痛んだ。
俺の唇に触れたノラの親指の感触が、自分の中の赤黒い感情を呼び覚ます。
『人殺し!』
『お前が死ねば良かったのよ!』
『お前を……産まなければ良かった……』
啓太が死んでから、ことある事に母親から浴びせられた罵声が蘇る。
平手で俺の頬を叩いた後、痛くて涙を浮かべる俺を見下ろして
『お前がそんな顔をするな!』
そう叫ぶと、頭や背中を平手で叩く。
『お前は、不幸を呼ぶ子だ!悪魔の化身だ!返せ!啓太を返せ!』
ヒステリックに叫ぶ母親は、気が済むまで俺を叩くと、啓太の写真が飾られた仏壇に手を合わせながら
「ごめんね、啓太。海を産んだ私が悪いのよ……」
と泣いていた。
(そうか……、俺が産まれたのが悪いんだ……)
痛みで蹲ったまま、俺は涙でぼやけたその光景を何度となく見て来た。
母親は、天使のように可愛い啓太をそれはもう可愛がっていた。
何処に行くにも、啓太だけを連れて外出する。
なんでも、啓太が歩くと道行く人が振り返るらしい。
誰からも「可愛い」と言われる啓太は、母親の自慢だったのだろう。
いつだって置いて行かれる俺は、いつしか母親が啓太を連れて外出していて玄関が閉まっている時は、友達の家に行ったり、外で遊ぶようになった。
それは、俺なりの自己防衛だったんだと思う。
閉ざされた玄関先で、寒さに震えていつ帰宅するか分からない母親を待つよりも、友達と楽しい時間を過ごす方が良いと考えたからなのに……。
そんな俺に母親は
「海は私より、友達が良いのよね。迎えに行っても、隠れていて出て来やしない。本当に可愛くない」
と、啓太が生きていた時から口にしていた。
俺の記憶では、母親が俺を迎えに来た事など一度も無かった。
それでも、母親は
「私は悪くない。この子が可愛くないのが悪いのよ!」
と口にしていたっけ……。
だから俺は、ずっとこの人は本当の母親では無いのでは無いか?と思っていた。
しかし現実とは非情なもので、高校受験で取り寄せた戸籍謄本には、しっかり父と母の息子だと記されていた。
実の両親に愛されなかった俺が、他人に愛される訳が無い。
「はぁ……」
一つ深い溜め息を落とし、俺はゆっくりとスーパーへの道のりを歩き出した。
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