ノラの異変

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ノラの異変

 翌朝から、ノラが縁側でぼんやりとする時間が再び増えてしまう。 あの日、俺はノラに何かしてしまったのだろうか? 硝子玉のような瞳で空を見上げるノラが、心配で仕方ない。 「ノラ、仕事に行ってくるよ」  仕事に行く間際、靴を履いて玄関先から声を掛けると、ハッとした顔をして俺の顔を見て 「行ってらっしゃい」 と、ノラがゆっくりと立ち上がってお見送りしようと俺に近付いて来た。 「ノラ……」 あの日以来、少し元気の無いノラに 『俺が何かしたのか?』 と聞けたら良いのだが、口下手な俺は何も聞けなくなってしまう。 名前を呼んだきり、口を閉ざした俺に疑問の視線を向けるノラ。 「夕飯、何が食いたい?」 聞きたい事とは違う言葉が口から出ると、ノラはキョトンとした顔を 「何だよ。真剣な顔をして聞くから、何かと思ったよ」 そう言うと、吹き出して笑い出した。 あぁ……、ノラの笑顔がやっぱり大好きだ キュンとなる胸を無意識に押さえると 「海? 胸……苦しいのか?」 と、心配した顔をして俺の顔を見つめた。 「え?あ、いや。違う」 驚いて答える俺に 「良かった……」 心底ホッとした顔をするノラ。 そんなノラを見て、俺自身がホッとした。 「今日の夕飯、すき焼きにするか?」 そう聞くと、ノラが不思議そうに首を傾げて 「なんで突然、すき焼き?」 と逆に質問されてしまった。 「最近、ノラが元気無いみたいだから……」 「え?」 思わず出てしまった言葉にハッとして、慌てて手で口を押さえると 「ねぇ、海。海は、僕は元気無いと心配?」 と、質問が追加されてしまう。 俺が顔を真っ赤にして俯くと 「ねぇ、答えて。心配?」 座り込んで視界に無理矢理入り込み、しつこく聞いて来る。 俺は必死にノラから視線を逸らすが、珍しくノラが引き下がらない。 「そりゃあ……」 もごもごと答える俺に 「なんで? それは僕だから? それとも、ちゃすけと同じように、一緒に暮らしている同居人だから?」 必死に食い下がるノラに 「ノラ、どうしたんだよ。お前、この間から変だぞ!」 と、思わず叫んでしまっていた。 ハッと我に返ると、ノラはしょんぼりと俺に背中を向けて縁側へと歩き出した。 「すき焼きは……要らない」 外出する間際、その言葉だけが聞こえて振り向いたけど、ノラはもう……縁側で空を見上げていた。 この時、俺は忘れていたんだ。 俺が何故、ノラにノラって名前を付けたのか。 野良猫は、家に居つかない。 何か嫌な事があって。フラリと家を飛び出したら二度と帰って来ないんだって事を。
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