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運命の日。
ふたりは並び、あの壁の前にいた。
アケミはダイエットに成功した。今では道行く人に指をさされるくらいナイスバディになり、お洒落にも目覚めたせいか、20歳は若返ったと近所では有名だ。ただ、終始ヤニ臭い。
フミオは禁煙に成功した。今ではその煙を嫌い、地域の禁煙推進活動へ自主的に参加するほど、人々の健康にも興味を持っている。ただ、肺以外の健康に関しては蔑ろで、本人は高血圧と糖尿病に病んでいる。そして、甘いものばかり食しているせいか、虫歯も多い。
おもむろに、壁から離婚届を外したアケミが呟く。
「懐かしいわね……1年前は、まさかこんな日が来ると思わなかったわ」
フミオもそんな彼女の肩に手を乗せ、思い耽る。
「まさかふたり共に、きちんと卒業できるとは思わなかったなあ。どっちかは、留年すると思ってた」
「あら留年だなんて。学生みたいっ」
「ははっ。今のアケミは、あの頃のように綺麗だよ」
うっとりとした、時間が暫し流れいく。
「あなた」
「アケミ」
そして十数年ぶりかに抱き合えば、フミオにかかるはニコチン吐息、アケミにぶつかるは突き出た腹。
だから、ふたりは決心した。
「私たち、一緒にいるとだめね」
「ああ、そうだな」
「離婚しましょ。今までありがとう」
「こちらこそ。長年ありがとう」
ここ数年では想像つかぬくらい、ふたりはこんなにも穏やかに幕を閉じた。
「灰カス頭……」
アケミがそう、陰口を言うまでは。
「んああ!?今なんつったこらあ!」
歯も身体も悪いが耳だけは良い男、フミオ。すぐに食ってかかる。
「この見かけビューティー肺黒がああ!!」
ヒートアップに時間を要さないのは、アケミもまた同じ。
「なによそれ!褒めんのかけなすのかどっちかにしなさいよ!この重力独り占めボディ!」
「うるせえグラマラススモーカー!」
「ちょっと鼻の下伸びてんじゃない!やっぱり別れたくないなら別れたくないって、素直に言いなさいよ!」
ふたりがその後本当に離婚したのかは、本人たちと、役所の人間しか知り得ない。
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