プロローグ

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 あれから20年近くの時が過ぎた。  私は自分が絶対になりたくなかった「先生」を名乗る職業に就いて生計を立てている。これまでに食べきれなかった”1人前”の端数は積もりに積もって、きっと残飯タワーにでもなっているだろう。ただ、私だって何の努力もしなかったわけじゃない。 「えぇ!? 小早川さん。良いよ良いよ僕の前でそんな少食アピールしなくて」 ーー部活の先輩はそう言って私がカフェで頼んだオムライスの[少なめ]にケチを付けた。 「俺、がっつり食べる子の方が好きだなー。ほら居るじゃん? 男の前では”私あんまり食べれないんです〜”ってやる子。梓ちゃんもいつも通りな感じで食べてもらっていいからさ。俺がお金出すし」 ーーアプリでマッチングした男はそう言って控えめに頼んだ品数を私が男に媚びていると決めつけた。 「え? そんな苦しそうにして食べなくても。後進国では食事が食べられない子だって居るのに、無理やり味わいもせずに食べるなんて不道徳ですよ」 ーー職場の人と講演会の帰りに食べたご飯では、無理やりお腹に詰め込むことは食事としてなってないと言われた。 「美味しそうにご飯いっぱい食べる女性って見てて気持ちが良いですよね」 ーー小さい頃好きだった幼馴染は私と正反対の女がタイプらしい。    私はいつも黙ってメッセージアプリからそいつらの顔を消してきた。26歳の私はもう他人に期待なんかしない。食事はする。嫌な思いをするぐらいなら、最初から1人で食べた方がいいに決まっている。  職場や受講生絡みの付き合いを断りだしてからついた渾名は”氷属性の小早川”。そんなの、勝手に呼べば良い。  月に1度のペースで通いだしたカフェで、数量限定の特製エッグマフィンを食べる。食べること自体は嫌いじゃない。嫌いを克服してきた。素材のおいしさだってそれなりにわかるようになってきたし、見た目も楽しめる。  ピロンと鳴ったメッセージの受信音が気になってスマホを見ると、最近よく絡んでくる職場の新人事務の女の子からこんな文章が来ていた。 「小早川先生! 先日のお礼がしたいので一緒にご飯を食べに行きませんか?」  AIのように指定された”食事”と”一緒”の部分に反応して、返事を返す。 「お食事会は苦手なので結構です」  少しずつ、少しずつ雪のように降り積もっていった他人との食事への嫌悪感は、もう自分でもどうしようもないくらいに拗らせていた。いつもの通りあまりにも素っ気ないメッセージ。嫌われたかもしれない。 「まぁ、この先も1人で生きていくから関係ない」  しかし、この返答が私と彼女冴島(さえじま)里依(りえ)との食をめぐる戦いの始まりになるとはこのときの私は思いもよらなかったのである。
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