9人が本棚に入れています
本棚に追加
一節 猫と兎の型抜きクッキー
ーーside 緒方 光高
「あの、緒方さん。”一緒に喫茶店ランチ”ってお友達感あるくないですか?」
「一応聞くけど、何の話?」
「私のお友達をつくろう大作戦の話です!」
週に数回。僕の部屋には隣に住んでいる2つ上のお姉さんがやってくる。彼女の名前は冴島里依さん。諸々の経緯があって僕は彼女に料理を教えているのだが、今日は彼女からの提案で一緒にクッキーを焼いている。
社会人として周回遅れ気味の彼女は会社で話せる人を作りたいという話を何度か僕にしていたが、最近は少し話せる人も増えてきたらしい。長いふわふわの髪の毛のポニーテールを揺らしながら僕に夢を語る。
「やっぱりお友達と美味しいご飯を食べに行くっていうのは、輝かしい友情の1ページだと思うんですよ。お仕事の話だけじゃなくて、最近あった楽しいこととか趣味のお話とか聞きたいですよね」
この通り、ちょっと妄想を抱きがちだけれど彼女は至って真剣である。僕は焼き上がったアーモンドクッキーの色を確かめてオーブンから天板を取り出した。
「でも、こないだ職場で気になるクールビューティーな先生を誘ったら断られちゃったんです。お食事会は苦手って。なんでだと思います?」
「それ単純に里依さんのこと嫌いなだけじゃない? 仕事の関係までは許すけどプライベートに足突っ込むなって」
この尖った発言は僕ではない。声の主は僕と里依さんの間から手を伸ばして焼きたてのクッキーを口に放り込んだ。
「シンプルだけど良い味してるね、このクッキー。いつも思ってるんだけどこの外側のちょっと甘いやつってなんなの?」
「卵白とグラニュー糖。焼くと白い縁取りになって高級感が出る」
冷凍庫にクッキー生地を入れてつくるアイスボックスクッキーは、ラップの巻き方などによっては歪な線が出てしまう。そこをグラニュー糖で一工夫すると見栄えが変わるのだ。里依さんもその手を真似てクッキーを頬張る。
「ほんとだ美味しい! 緒方さんお菓子づくりもお上手ですね。ーーって! そうじゃなくて! 真さんは私が嫌われてる前提で話さないでください!」
真とは僕の住んでいる部屋によく来ている大学の友人の後藤嶋 真である。この2人はお互いの意見をよく戦わせている。
「いや、だって一緒に食事に行くの断られたんでしょ? そういう自分のテリトリーをハッキリさせるタイプの人間って里依さんと友達にはならないと思うな」
「じゃあ私と友達になってくれそうな人ってどんなタイプの人なんです?」
真は特に悩むでもなくさらりとこう言った。
「え、面倒見のいい根暗」
「僕の方を見ながら言うな」
根暗なのは否定しないが、直接そう言われると否定したくなるのは人の性というやつだろう。しかし、真は構わず里依さんに突っかかる。
「いや、だって里依さんドジ多いし。ガキだし。いよいよ年上とつるんだら完全に向こうが保護者的な感じになるじゃん。俺たちで我慢すれば?」
22歳の里依さんは、2つ下の僕たちにさえ”お世話”されつつある。しかし、どう考えても挑発する真の言い方に里依さんは僕なんかよりもよっぽどへそをまげてしまった。
「私、社会人の先輩なんですから! 年上とだって面倒見てくれる人じゃなくて、友達になれますし!」
里依さんはそう言って隣の304号室に戻って行ってしまった。持って帰ると言っていたクッキーは冷めた頃に取りに来てくれるだろうか。
しかし、これからの里依さんの行動には嫌な予感しかしない。
「真、責任とって」
「俺嘘は言ってないし。最近はちょっと良くなったらしいけど、基本的には職場で浮き気味なんでしょ。友達づくり〜とかいって張り切って空回りしたら出勤辛くなるだけなのにね」
結果的にかえって発破をかける形になりはしたが、真のいうことも一理ある。
「そっか。真は里依さんが心配なんだ」
「そういうのじゃないんだけど」
(素直じゃない奴)
仏頂面の真は少し前に焼いて冷ましておいたウサギ型とネコ型のクッキー頬張ることにしたらしい。
「これウサギはゲロ甘なのに、ネコは淡白な味してるね」
「ずっとウサギだとくどいけど、ずっとネコだと物足りない感じになってる」
「交互に食べるのがちょうどいいわけね」
“それってクッキーとしてはどうなの?”と言われながら僕は使った道具の片付けを始めた。
(里依さんに新しい友達、か)
4月にこの街に来た里依さんにはまだ僕達以外の友達が居ない。学生である僕達には社会人の里依さんの悩みを理解できないことの方が多い。もし、年上の友達が出来るなら、里依さんにとってそれは良いことなのかもしれない。
「応援ぐらいは.....しようかな」
最初のコメントを投稿しよう!