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二節 歪な包装のアーモンドクッキー
ーーside 小早川 梓
「小早川先生お疲れ様です! これ差し入れです」
全ての講習のコマが終わり、帰り支度をする頃。新人事務の女の子から声をかけられた。先日、メッセージで冷たく断ったにも関わらず笑顔で迫ってくるあたりメンタルが鋼でできているかもしれない。
「クッキー? ありがとうございます」
アーモンドの散りばめられたクッキーを私が受け取ると何故か彼女は非常に得意げな顔になる。外側はいかにも手作り感のあるラッピングにも関わらず、中身はシーラーで封のされた乾燥剤入りのクッキーという謎のアンバランスさのあるクッキーだ。
「食べてほしいです」
「はい?」
「今、この場で食べてほしいです」
変なことを言う子だ。職場にも若い子が入ってきて、少しコミュニケーションが取りにくい。ちょっと強引なくらいが最近のトレンドなのだろうか。
(クッキーくらいなら、いいか)
人前でものを食べるのが苦手だ。でも、一口ぐらいなら問題ない。ココアのアーモンドクッキーは甘すぎず苦すぎず、丁度いい塩梅のクッキーだった。
(美味しい。手づくりクッキーかと思ったら、プロがつくったお店の市販品?)
それはそれで包装が謎であるが。事務の女の子は私が一つのクッキーを食べ終わるのをひとしきり見た後、こう切り出した。
「食べましたね。美味しかったですか?」
「美味しかったですよ」
勝利のガッツポーズをして私に不敵な笑みを浮かべる女の子。何か、面倒くさい予感がする。
「あの! 小早川先生に私お願いがあって。是非力になってほしいです」
「それ聞かないとダメですか?」
「クッキー、食べましたよね?」
「はい、美味しかったです」
「食べましたよね??」
「......はい」
彼女はもじもじしながらも強引に私にお願いをしてくる。彼女は私が氷属性だの塩対応だのと言われていることを知らないのだろうか。
「小早川先生にしかわからないこと、教えてほしいなぁって!」
ーー
「はい、参考書これで全部です」
「わぁ! 助かります!」
就業時間後、私は事務の新人ーー冴島先生と一緒に本屋に居た。厳密に言えば彼女は事務職で先生ではないのだが、このスクールでは事務方も先生と呼ぶことがある。今年の4月に入ってきたばかりの彼女は私たちの職場「資格のナナホシ」で扱っている資格についてわかりやすい本がほしいと言う。気は全く乗らなかったが、今日食べたクッキーと先日ご飯を断った手前、願いを聞くことにした。
「小早川先生って本当に頼りになりますね!」
「冴島先生より数年長く働いているだけです」
私は冴島里依について特に印象を持っていなかった。資格取得スクールで講師をする以上、受講生のことは頭に入るが、事務の方は「出来て当たり前のことをする人」という印象しかない。
そんな彼女と初めて話したのは先日の広報動画の撮影時だ。ゲストで呼ばれた私は動画投稿サイトに定期投稿しはじめたウサギの着ぐるみシリーズのウサギの中にこんな若い女の子が入っているとはと思って声をかけてしまった。
今日も彼女なりに一生懸命「資格のナナホシ」をPRするために勉強したいらしい。まぁ、私にはもう関係ないが。
帰り道、レストランのフロアを通る。ごま油のいい香りが鼻腔をくすぐると、彼女が今にもよだれを垂らしそうな勢いでお店をガン見している。
「ここの中華粥のお店、めちゃくちゃ美味しいんですよね」
確かに私が一人で来たときもテーブル脇に置いてある手作りラー油の独特の辛味に驚いた記憶がある。
「手作りラー油が美味しいですよね。中に自家製唐辛子とニンニクがそのまま入っていて見た目もお洒落ですし」
「わかります?! 今度一緒に」
「いや、行きませんけど」
そう言うと彼女は信じられないという顔で私を見上げる。1人では行くが2人では行きたくない。
「そこをなんとか!」
「? 行きませんよ?」
「お願いします!」
この攻防は帰りに電車に乗るまでずっと続いた。よくわからないが、彼女は私とご飯に行きたいらしい。いや、全く。行かないけど。
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