三節 溶かしたてのチーズフォンデュ

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三節 溶かしたてのチーズフォンデュ

ーーside 緒方 光高 「ということで、良いところまで行ったんですが無念です」 (全然良いところに聞こえなかったな)  後日、里依さんから状況を聞いた僕は素直にそんな感想をいだいた。いや、それよりも言いたいことがある。 「僕の焼いたクッキー、餌付け用だったんだ」 「えっ餌付けとかじゃないですし! わ、私も手伝いましたし!」 「ネコとウサギのクッキーの砂糖の分量を間違えて途中から手伝わなかった人は?」 「......私です。真さんには黙っていてください」 「わかってる」  里依さんはやっぱり、ちょっと抜けている。  晩ごはんをつくりながら、真の帰りを待つ。今日は3人でチーズフォンデュを食べようという話をしていた。    バゲット、じゃがいも、にんじん、ブロッコリー、カリフラワー、ウィンナー、ベーコン、かぼちゃ、アボカド、ミニトマト、舞茸......チーズフォンデュは何人か人数がいた方が楽しめるし、準備も楽だ。里依さんがちょっと茹ですぎたブロッコリーもチーズにつけてしまえば誤魔化しが効く。 「冴島さん、小早川先生と友達になるの諦めてないんだ」 「もちろん! 小早川先生についても少し調査が進んできましたし」  里依さんは竹串に下処理をした具材をさしながら説明してくる。 「その①。食事会がダメと言っても軽食やお菓子がダメなわけじゃない。私の持って行った緒方さんのクッキーも目の前で食べてくれました。人の作ったお料理が食べれないタイプの人ではないです」 「......そうだね。人のつくった食べものが食べられなくなる人はいるね」  僕は大事な人を思い浮かべながら頷いた。僕が知っている人はそういうタイプの人だった。僕は竹串に舞茸を刺してお皿の上に置いた。 「その②。食べることに興味がある人です」  これは素直に意外だった。 「食事会は嫌いなのに食べることに興味がある?」 「ふふ。あのショッピングモールの天萬楼支店の中華粥が好きな人に! しかも自家製ラー油が印象に残っている人が食に興味がないわけがないのです!」  天萬楼は僕も行ったことがない少し高めの中華粥専門店だ。確かに中華粥というセレクトはなかなかしない。孤高のグルメリストの可能性は高いだろう。この街に来たての里依さんが知っているのは意外だったけれど。 「冴島さんって案外外食行ってるんだね」 「真さんに賭けで勝ったときに奢ってもらいました」 「......2歳下の学生にたかる社会人の先輩」  真と里依さんは言い合いはするが案外仲が良い。僕が知らないうちに会っていたりもするので、根っこの部分では馬が合うのだろう。 「その③。これは重要なんですが、本当に私のこと嫌いだったら一緒に本屋には行ってくれません」 「それはそうだね」 「つまり真さんの小早川さんが私を嫌っているという仮説は、適当すぎるというわけです! 小早川先生のことも知らないのに、憶測だけで私を嫌われ者にするなんて許せませんね!」  そう言って里依さんが勢いよく串に刺そうとしたウィンナーは飛んでいって転がってしまった。 「あぁぁぁぁ......ん?」 「ほらー俺の悪口言うから食べ物にまで愛想尽かされてんじゃん」  転がってしまったウィンナーの先にはゼミから帰ってきたらしい真が立っていた。   「おかえり」 「ただいま。光高、里依さんに俺の悪評吹き込まれてない? あることないこと言われてたりする?」 「想像の範疇を出ない」 「里依さん悪口すらレパートリー少ないの? だから友達居ないんだよ」  真はいかにも可哀想、といった風に里依さんの肩を叩いた。 「そこ! 因果関係ないですから!」 ーー  具材の串の準備を里依さんに任せ、僕は土鍋にニンニクを擦り込んでいた。 「何してるんですか?」 「風味づけ。鍋に予め切ったニンニクを擦り付けてるとチーズに香りがついて美味しいから」  そのまま鍋を加熱し、香りが立ってきた頃に白ワインを加えてアルコールをとばす。そしてチーズを鍋に入れて溶かせば準備完了だ。 「細かいひと手間がフォンデュを美味しくするんですね」 「そうかも」  食べるならば少しでも美味しい状態にして食べたい。それは僕のこだわりでもあるし、おもてなしでもあると思っている。チーズが溶けた頃に3人で食卓を囲って手を合わせる。 「いただきます」 「やっぱりホクホクのじゃがいもとチーズの組み合わせは最高ですね」 「珍しく里依さんと意見が合うなー」  そう言いながら真は舞茸の串を外して里依さんのお皿に放り込んでいく。 「ちょ、何してるんですか真さん」 「俺、舞茸嫌いなんだよね」 「そんなに好き嫌いしてるから大きくなれないんですよ」 「その因果関係を認めるなら、俺より背の低い里依さんはどうなるのさ」 「むっ、あ、頭に栄養がいってるんですー! 私が舞茸のおいしさと栄養価値を教えます! いでよGoogle先生!」  真と里依さんの不毛なやり取りを横で聞きながら、僕は焼きたてのバゲットをチーズに浸して食べる。里依さんは”社会人の先輩”として真の好き嫌いをなおしたいらしい。しかし、検索結果を読み上げる里依さんに真は不満を隠さない。 「そもそも。里依さんのさ、人が嫌がってることに干渉するのが間違ってるんだよ。俺もそうだけど、その小早川センセも何かしら嫌がってることには嫌な理由があるわけ。それを本人が望んでもいないのに無理やりどうこうしようとするの、ほんと傲慢だよ」 「で、でも」 「俺に舞茸を食べさせたい〜も、小早川センセに一緒に食事をさせたい〜も所詮里依さんのエゴじゃん。例えばだけど、俺が舞茸に殺されかけた思い出があって食べたくないのに、無理矢理舞茸を食べさせようとしてくるのは悪じゃん?」 (舞茸に殺されかけた思い出って何)  心の中でソッと突っ込むが言わないでおこう。僕はこんなこともあろうかと事前に用意しておいた舞茸の根本部分の串を里依さんに集中している真の皿に入れておいた。ボイルされた白い部分だけの串はぱっと見カリフラワーの茎に見えなくもない。 「逆に言えば真さんが実は舞茸嫌いを克服したがってたり、小早川先生が実は私と一緒にご飯を食べてお友達になりたがってたら良いわけですね!」 「まぁ、そう。でも無理だろうなー。里依さんは必死だけど向こうはスルー。それって”クラスで最初につくるお友達”感覚を見透かされてるんじゃないの?」 「なんですかそれ」 「学校で初めて作る友達ってさ、自分の趣味嗜好が合うかどうかじゃなくてボッチになりたくないからつくることが多いじゃん」  真はさらりと舞茸から話題をかえつつある。矛先を小早川先生との話に振り替えた。 「結局里依さんって小早川センセと友達になりたいんじゃなくて、単に実績として同僚の七星コーポレーションの先生と友達になりたいんだよ」 「だから、小早川センセがどうして一緒にご飯に行きたがらないかに真剣に向き合わない」 「そんなこと!」  しかし、真の言うことは一理はある。小早川先生の理由に里依さんは踏み込めていなかった。それはまだ聞けない関係性だからなのだろう。 「ないっていうなら玉砕覚悟で踏み込んできなよ。それが誠意ってもんじゃない?」  そう言い切った真は僕の追加した串をチーズに浸して食べる。カリフラワーに見えなくもない舞茸を。里依さんを論破したと上機嫌な真の顔が一気に歪んだ。 「あ”っ、これ舞茸じゃん」 ーー  食後、真は課題があるからと早々に帰り、305号室には僕と里依さんの2人になっていた。食器を洗いながら里依さんがぽつぽつと話し始めた。 「私、確かに先生と友達になりたいと思ってます。でも、それって実績とか一人でいたくないとかそういうのだけじゃないです」 「知ってる」  里依さんは打算的な性格ではないので、それはわかる。一生懸命で空回りがちで抜けている彼女は誰かを利用するために関わったりはしない。 「私が今日こうして緒方さん達と食事をしながら話していたみたいにしたくて。私、この時間がとっても好きで。小早川先生ともこういうゆっくりした時間を一緒に過ごしたいだけなんです。ーー緒方さんならわかってくれますよね?」 「確かに、何かをしながら時間を過ごすことで人間関係が深まることはある」  僕は里依さんの洗ってくれた鍋を拭きながら答える。 「美味しいとか、珍しいとか、楽しいとか。一緒の食事はそういう体験を手軽に出来るから仲良くなりやすいのかも」 「私も緒方さんと一緒にいっぱいご飯食べてますから、仲良しゲージMAXですね!」 「?」 「そこで疑問形になられるとちょっと寂しいです......」  僕としては真の方が仲が良さそうに見えるので、ここは疑問形のままだ。 「でも、これからどうするかですよねー......」  僕は昔、ある人に聞いた話を思い出す。人間関係が詰まったとき、始まらないときに少し冷静になるための言葉だ。 「”人間関係は談合じゃんけんができる”」 「談合......じゃんけん?」 「うん。今1回目のじゃんけんをしたんだ。冴島さんはチョキ、小早川先生はグーを出した。意見としては小早川先生が勝って食事に行かないという選択肢をとった」  僕は両手でじゃんけんをしてみせる。 「だけど、人間関係は自分の意見を出し合って折衷案を選ぶことができる。どうして小早川先生がグーを出したのか、真の言う通り理由を知ることが出来れば次の手を考えられる」  一度両手をパーにして、それから結んだ。 「冴島さんと小早川先生にとってのパーをお互いに出すことができれば、2人は手をつなげる」  友達になってご飯を食べに行きたい里依さんと、一緒にご飯を食べに行きたくない小早川先生。その2人のどちらの要望も叶える道があるはずである。 「折衷案、ですか。その談合をするにはどうしたらいいんでしょうね」 「話したくなる環境があればいいんだけど」  僕の言った考えを元に里依さんの中でぐるぐると考えているらしい。 「うー......難しいです」 「会社の同僚って関係性だけだと難しそう」  まだ僕はバイト以外で働いたことはないけれど、周囲の大人を見る限りお酒や食事なしで仲良くなる方法はなかなか難しいようにも感じた。特別趣味が合うなら別なのだろうが。大人になってからの友達づくりはなかなか難しい。  里依さんは頭の悩みと連動するかのようにくるくるとお皿を回したのち、ピン! となにかを思い出したようにお皿を止めた。 「あっ、でも。明日は会社のお金で美味しいご飯が食べれる日です」 「?」 「テーブルマナー講座、明日はフレンチなんですよ」
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