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五節 お節介なコーヒー
ーーside 緒方 光高
「ーーっていうことがあってな」
「七星さん、またストーカーみたいなことを」
「可愛い従妹、いや、新入社員の観察だから」
彼は里依さんの勤め先である「資格のナナホシ」七星コーポレーションの営業、七星歩夢さんだ。ひょんなことからうちに出入りするようになっている里依さんの従兄である。人一倍里依さんのことを心配しているが、素直になれない性格とストーカー気質のせいで当の里依さんからは鬼のように嫌われている可哀想な人である。
「あと、うちのこと喫茶店だと思ってますよね」
「俺たち友達だろ。珈琲ぐらい飲ませろ」
飲ませろと言いながらコーヒー豆は自分で買ってくるあたり、歩夢さんの律儀なのか横暴なのかわからないところだ。僕はと言えばコーヒーを淹れる間、里依さんのマナー講座での一連の話を聞かされていた。
(冴島さん、理由聞けたんだ)
里依さんの社内での行動を見られる範囲で見るという歩夢さんの行動は相変わらずどうかと思うが、里依さんのことに関しては歩夢さんは嘘をつかない。
「小早川先生って実際どんな方なんですか?」
「愛想がない氷属性塩対応女らしい」
「凝固点降下だ」
「は?」
「氷に塩を付けると急激に周りの空気を下げるんですよ」
「あーそんな感じ。そんな感じ」
(適当だな......)
資格のナナホシでは営業や事務といった運営方と実際に資格の講師をする先生方であまり交流がないという話は歩夢さんから聞いていた。でもーーと歩夢さんが続ける。
「飲み会に絶対来ない嫌な女ーーだと思ってた。あいつ自分を含めた送別会すら断ってて流石に信じられねぇなって。理由あるんなら言えば......多分聞いたのに。俺が幹事なのにふざけやがって」
食事会が苦手なのであれば飲み会は確かに避けるだろう。納得の選択である。いや、自分の送別会?
「小早川先生、ご退職されるんですか?」
「おぅ。今月末に」
「来週じゃないですか」
「里依のやつ、知らないんじゃないのか。凹まないといいんだが」
事務と言っても最近の里依さんは広報の方の仕事を手伝っているらしく、情報が共有されているかどうかは怪しいらしい。歩夢さんはコーヒーカップを律儀に洗ってから玄関に向かっていく。営業の途中で通りかかった、なんて言っていたが本当のところはわからない。
「今日、わざわざそれ教えに来たんですか」
「うっせ」
里依さんが落ち込むかもしれないからそのカバーをしろと、この従兄はそう言いたいらしい。自分ですれば良いのにという考えは黙っておいた。
(食事量を気にせずに話ができる......か)
僕は少しだけ考えて僕が考えうる1番の解答を歩夢さんに提示する。
「待って。七星さん、それならこういうのはどうです?」
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