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勝男は何だかご利益がありそうな外見で、笑うと眠る猫並に目が細くなるし、どちらかと言えば寡黙な方だ。その神様めいた雰囲気に惹かれたところもあった。
それなのに…今日は何故か、とてもよく喋る。子どもの機嫌を取るように声が少し高いような。いや、気のせいか。
ふいに彼が優しく抱き寄せ、囁いた。
「可愛い…僕には君だけだよ。愛してる」
ストレートすぎる言葉に戸惑うあたしを他所にキスが降ってきて、二人の間に小さく薄く甘い空気が生まれる。大きく濃厚になったそれに圧されて、自然と倒れ込むとベッドが軋んだ。あたしの耳があたしの息づかいを捉え、頭がぼんやりし始めたその時、鼻は珍しい香りを捉えた。瞬間、あたしの毛は推しの如く逆立った。
「何?この匂い」
いつもと違う低い声に相手の動きはぴたりと止まったけれど、声はますます高く丸く変化していく。
「い、いやぁ〜!最近加齢臭が気になっちゃってさぁ〜!大好きな君に退かれたら嫌だから…試しに――」
彼は明らかに女性もののそれと同じくらい甘ったるい猫なで声になった。あたしの気は収まらない。
「香水は付けるのも嗅ぐのも苦手だって言ってたよね?だから私は付けてない。二年も付き合って…そんな猫だましみたいな言い訳が通用すると思ってるの!?馬鹿にしないで!」
あたしは彼を押し退けてベッドから立ち上がった。
「いやそのぉ…上司に誘われて仕方なく……くっ、ちゅん!し、知らなかったんだ。居酒屋だと思……ちゅん!はっ!ちゅん!」
必死に取り繕う彼に、あたしは吐き捨てた。
「へぇ…じゃあ襟の内側に口紅が着いてるのも偶然なのね?」
相手が息を呑んだのが背中越しでも分かる。しばらくして、凍り付いた空気を破ったのは彼の方だった。
「ちゅん!……ねぇ。この部屋、誰かいる?僕たち以外に」
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