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こんな風に声を荒らげる嗣巳は珍しい。
俺以上に驚いた顔をしている小野坂を横目に、俺は嗣巳に引きずられるように校内に入った。
下駄箱で靴を履き替える嗣巳の口元は、への字口だ。
嗣巳は機嫌が悪くなると、口をへの字にする癖がある。それは、幼馴染みが故に分かる癖。
普段はそんな顔を人には見せないのに、珍しい。
今の嗣巳はかなり不機嫌のようだ。
いつもより口のへの字が大きい嗣巳に
「嗣巳、あんな態度して大丈夫なのか?」
と聞くと、キッと俺を見上げて
「新太は、無自覚過ぎるんだよ!」
なんていきなり怒られ、目が点になる。
「意味が分からないのだが?」
首を傾げる俺に、嗣巳は益々口をへの字にすると
「新太はいつも人に囲まれてて……。そうやって僕を置いてけぼりにするんだ」
悲しそうに呟く嗣巳に
「いやいやいやいや!人気者はお前だろ!」
苦笑いして答えた俺に、嗣巳は大きな瞳をうるうると潤ませて
「僕は……好かれるように努力してるから好かれてるだけだよ。でも、新太は自然体でいつも人を引き寄せる」
嗣巳の言葉に、俺は益々首を傾げる。
「嗣巳は好かれようとしなくても、いつだってみんなから好かれてるよ」
そう呟くと、嗣巳が驚いた顔をして目を見開いた。
「え?」
「え?って……。俺からしたら、お前の方が無自覚だわ」
はぁ……っと、わざとらしく大きな溜め息を吐くと
「嗣巳は可愛いし、頭良いし、誰に対しても優しいだろう?そんなお前に、俺の方がコンプレックスを持っているんだからな!」
そう言って、軽く頭を小突く。
すると嗣巳はうるうると潤ませていた瞳を見開き
「さっきの女子より、僕の方が可愛い?」
なんて、可愛い事を聞いて来やがる。
「はぁ?当たり前だろう?嗣巳に勝てる女子なんて、そうそう居ないと思うぞ」
そう答えると、嗣巳は嬉しそうに微笑み
「そっか……」
って言いながら、頬を染めた。
こういう時、思わず誤解しそうになる。
もしかしたら、嗣巳も俺の事……って。
だが、世の中そんなに甘くないのを知っている。
嗣巳がヤキモチを妬くのは、幼馴染みを取られたくない寂しさだ。
恋愛感情を抱いている俺とは違う。
何度もそう言い聞かせ、鈍く痛む胸を紛らわせるように
「何?嗣巳は俺が誰かに取られるの、そんなに嫌なのか?」
って、冗談交じりに言ってヘラヘラ笑ってみせた。
すると嗣巳は真っ直ぐに俺を見つめ
「新太は僕が、他の人と付き合っても平気なのかよ」
と呟いたのだ。
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