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理香子さんは僕にシャワーを勧めてくれた。多大な迷惑を掛けた上に風呂まで借りるなんて恐れ多すぎて遠慮したんだけど、『いいからいいから』と背中を押され、半ば強引に風呂場に入れられてしまった。
セパレートタイプのお風呂は広くて、僕のため息が嫌と言うほどよく響く。頭からシャワーを被っていても、胸の中の重たい気分は流れて行ってくれない。
酒で醜態を晒すなんて、自分が一番なりたくない成人の姿だ。街中で寄って騒ぐ連中を見るたびに、『あぁはなるまい』と思って生きてきた。今まで、キチンと酒の量をほどほどにセーブしてきたのに。
それもよりによって、理香子さんに迷惑を掛けた上に――酒の勢いで、身体まで重ねてしまうとは。
宴会が終わっても、僕は机に突っ伏したまま動けなかったらしい。理香子さんは2次会を他の幹部に任せ、僕の介抱にあたった。理香子さんは僕のアパートを知らないし、僕も道案内なんかできる状況にない。仕方ないので、理香子さんのアパートに連れてきたのだという。
タクシーの運転手さんにベッドまで運んでもらい、しばらくは僕も大人しく寝ていたそうだ。しかし明け方前に起き上がったかと思うと、突然理香子さんの身体にしがみついた。
なんとその時の僕は、ハッキリと会話ができていたそうなのだ。寝ぼけているわけではないと思った理香子さんは、僕と短いやり取りをして、身体を触り合って、キスをして、
――そのまま、最後まで致した。
昨夜の顛末を聞いてから、たぶん僕の口からは『マジですか』『すみません』『ごめんなさい』しか発していないと思う。何回か分からないくらい謝って、床に額をこすりつけた。
理香子さんは、僕を責めることはなかった。むしろ『お酒の失敗なんてよくあることだし、ここに連れ込んだのも私の勝手』と僕をかばった上で、さんざん励ましてくれた。
でも理香子さんが優しくすればするほど、僕は辛くなる一方だ。こんなに優しい人に、僕はなんて仕打ちをしでかしたんだ。情けなくて、申し訳なくて、思わず子供のように泣きじゃくってしまった。――たぶんシャワーを勧めてくれたのは、『顔洗ってこい』って意味だと思う。大の大人が、いったいどこまで他人に気を遣わせれば済むんだろう。
お風呂から上がったら、もう一回きちんと謝ろう。当たり前の決心を固めて、シャワーのお湯を止める。『使っていい』と言われたボディソープをワンプッシュしたら、昨日の理香子さんから感じたバラのような匂いが香った。
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