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私が無事朝礼を乗り切って席に座ると、隣の席で、湯浅さんが書類とタブレットをガサゴソと鞄にしまい始めた。
「沙耶ちゃん、俺、外回り行かなきゃいけないから、夕方まで会えないけど、泣いちゃダメだよ」
くすくすっ
湯浅さんがそんな風にふざけるから、つい笑いが込み上げる。
「はい、行ってらっしゃいませ」
私は立ち上がってぺこりと頭を下げた。
「ぅわっ! こんな風に立ち上がって見送られるの初めて。やっぱり、沙耶ちゃんは俺の天使だ」
ふふふっ
今まで、避けられることはあっても、こんな風にちやほやされたことなんてないから、なんだかこそばゆくなってくる。
「沙耶ちゃん、俺が帰って来るまで、他の誰に言い寄られても浮気しちゃダメだからね」
私なんかに言い寄る人なんているわけないのに。
と思っていると、湯浅さんは、スッと手を伸ばして私の手を握った。
「今日は、沙耶ちゃんのために、売上上げて来るよ。待っててね」
すると、窓際の席に座る課長から叱責が飛ぶ。
「湯浅! うちの新人に勝手に触るな。セクハラだぞ」
けれど、湯浅さんは、飄々としたもので、全く動じない。
「沙耶ちゃんは、俺の恋人になるんだから、いいんです。沙耶ちゃん、今日、売上上げたら、今夜デートしてね」
売上ってそんなに簡単に上がるものじゃないよね?
この会社に限らず、ノルマが達成できなくて困ってるって話はよく聞く気がする。
でも、「はい」とは答えられなくて、私は曖昧に微笑んだ。
「じゃ、いってきまーす」
湯浅さんは、元気よく挨拶すると、鞄を手に席を離れ、ホワイトボードのネームプレートを裏返して黄色にし、その横に行き先の会社名を書き記す。
湯浅さんがいなくなるのと時刻を同じくして、他の営業さんたちも次々と外回りに出掛けていく。
残るのは、課長と先輩事務員の高橋さんだけ。
私は、しーんとしたオフィスで、高橋さんから、ひとつずつ仕事を教わる。
緊張の中で間もなく1日が終わろうとする16時過ぎ、
「ただいま!」
と元気よく湯浅さんが帰ってきた。
湯浅さんは、私の隣の席に鞄をトンっと置くと、
「沙耶ちゃん、今夜、デートね」
と言って、鞄からクリアファイルを取り出す。
えっ?
驚いて言葉もなく見上げる私ににこっと微笑むと、湯浅さんは、そのまま課長の席に向かう。
「今日の契約書です。確認をお願いします」
朝からチャラチャラしてるように見えた湯浅さんだけど、今回はビシッと折り目正しく、そのクリアファイルを課長に差し出す。
「ご苦労様。今月も1番乗りだな」
課長はそう言いながら、クリアファイルから、書類を取り出す。
もしかして、湯浅さんって、やり手の営業マンなの?
私は、その様子をまじまじと眺めていた。
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